『となりのトトロ』の裏設定で資料に残っているのは、サツキとメイが最初は1人の女の子だったこと、1953年を想定した話であることなどです。「トトロ」という名前も、メイが聞き取った呼び名でした。一方で「トトロは死神」という説は、スタジオジブリが公式に否定しています。
何度も観た人でも知らない設定は多く、しかも公式の設定とファンの噂が同じ「裏設定」としてまとめて語られがちです。この記事では、1つずつ「どこに書かれているか」を添えて、本当の設定と噂を分けて整理します。詳しく知りたい項目は、それぞれの記事で掘り下げています。
トトロの裏設定で、本当なのはどれ?
先に一覧にします。「確かさ」は、何に書かれているかで分けました。
| 裏設定 | 確かさ | 何に書かれているか |
|---|---|---|
| サツキとメイは最初1人の女の子だった | 公式の資料にある | 初期のイメージボード、絵コンテ集 |
| サツキは最初10歳の設定だった | 公式の発信 | 金曜ロードショー公式の投稿 |
| 1953年を想定した話 | 監督の言葉がある | 『コクリコ坂から』のパンフレットの宮崎駿監督の覚書 |
| 「トトロ」はメイが聞き取った名前 | 作中の場面 | 映画本編 |
| トトロの初期の名前は「ミミンズク」で1302歳 | 初期の設定画とされる | 2012年に紹介された初期の設定画 |
| お父さんは考古学者 | 公式の資料にある | 『ロマンアルバム』などの設定資料 |
| お母さんの病気は結核 | 小説版にある | 小説版(映画では語られない) |
| トトロは死神、サツキとメイは死んでいる | 公式が否定 | スタジオジブリの日誌(2007年) |
| 狭山事件がもとになっている | 根拠なし | 作中にも資料にもない |
こうして並べると、怖い話ほど根拠がなく、地味な話ほど資料に残っているのが分かります。何度も観た人でも「知らなかった」となりやすいのは、作る途中で変わった設定です。
サツキとメイは、もとは1人の女の子だった
映画化が決まる前、宮崎駿監督が描いたイメージボードの主人公は1人でした。メイに似た顔の、5歳の女の子です。服装はサツキのものに近く、2人の要素が1人の中に混ざっていました。
この女の子の絵は、映画の宣伝にも残っています。劇場パンフレットや小説版の表紙に描かれた少女で、映画本編には出てきません。「ポスターの女の子は誰?」という疑問の答えが、この初期の主人公です。
なぜ2人に分かれたのかは、2つの説明があります。
- 宮崎監督の説明: 女の子がトトロと出会う場面を、雨のバス停にするか、昼間の家の庭にするか決められなかった。映画化が決まる約1年前に、姉妹にして別々の場面で出会わせることを思いついた
- 鈴木敏夫プロデューサーの説明: 同時上映の『火垂るの墓』が長くなったので、トトロも長くする必要が出た。宮崎監督が「主人公を姉妹にすれば、20分くらい延びるだろう」と言い出した(2008年のテレビの特別番組)
ただ、1986年12月に宮崎監督が書いた企画書では、すでにサツキとメイの姉妹が主人公です。企画書の時点ですでに姉妹だったので、上映時間の話だけで姉妹になった理由を説明するのは難しそうです。僕は、鈴木さんの話は後から振り返った一つのエピソードとして受け取っています。
年齢も途中で変わっています。サツキは最初、10歳の小学4年生でした。ところが描いてみると、あまりにしっかりしているので、12歳の小学6年生に変えたそうです。メイは4歳。名前は2人とも5月から来ていて、サツキは「皐月」、メイは英語の「May」です。
トトロの名前と年齢はどう決まった?
「トトロ」は、昔話に出てくる妖怪の名前ではありません。森で眠っていたトトロにメイが名前を聞き、返ってきた大きな声を「トトロ」と聞き取り、それがそのまま名前になりました。
この名前がどこから思いついたものかは、トトロのモデルの場所はどこ?所沢と狭山丘陵が語られる理由で、所沢との関係も含めて整理しています。
作る途中のトトロは、別の名前で呼ばれていました。初期の設定画では、大・中・小のトトロに「ミミンズク」「ズク」「ミン」と書かれ、年齢は1302歳・679歳・109歳とされていたそうです。大トトロの呼び名は「おおとうさん」だったといいます。
『THE ART OF となりのトトロ』には、トトロは精霊ではなく動物だという書き方もあります。森の主として大昔からこの国に住む生き物で、大トトロの身長は2mほど。ふだんはクスノキの穴で眠っています。そう考えると、メイがお腹の上で寝てしまう場面も、大きな動物になついた子どもの姿として見えてきます。
時代と家族の設定はどうなっている?
時代について、宮崎監督ははっきり書いています。『コクリコ坂から』のパンフレットに寄せた覚書に、「『となりのトトロ』は、1988年に1953年を想定して作られた。TVのない時代である」と書いています。よく言われる「昭和30年代初め」とは少しずれます。このずれの理由はトトロは何年の話?昭和30年代説と宮崎駿が書いた「1953年」にまとめました。
家族にも、映画では語られない設定があります。
| 人物 | 映画の外の設定 |
|---|---|
| お父さん(草壁タツオ) | 32歳。東京の大学で非常勤講師として考古学を教え、翻訳の仕事もしている |
| お母さん | 七国山病院に入院中。病名は映画では語られず、小説版では結核 |
お母さんの病気については、小説版の記述や病院のモデルから結核と読める理由をトトロのお母さんの病気は何?で整理しました。お父さんの声がなぜ糸井重里なのかはトトロのお父さんの声はなぜ糸井重里?にあります。
僕は、家族の設定のほうが、怖い都市伝説よりも映画の見え方を変えると考えています。お母さんが重い病気だと分かると、電報が届いた日のサツキの取り乱し方に納得がいきます。
死神説や狭山事件は裏設定なのか
違います。「トトロは死神」「サツキとメイは途中で死んでいる」という話は、設定でも資料でもなく、2000年代にネットで広まった噂です。
スタジオジブリの広報部は、2007年5月の日誌でこう書いています。
トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。
「狭山事件がもとになっている」という説もあります。1963年に埼玉県狭山市で起きた実在の事件と、舞台とされる所沢周辺の近さを結びつけた話です。ただ、監督が想定したのは1953年で、事件より10年前。作中にも設定資料にも、事件を指す描写はありません。
影がない場面や池のサンダルなど、死神説の根拠とされる点もいくつもあります。場面ごとの検証はトトロの都市伝説は本当?サツキとメイ死亡説を公式と描写で検証にまとめました。どの点にも、2人が死んだと読める根拠はありません。
映画の外に残っている裏話は?
本編のほかにも、作品のまわりに残っている話があります。
まず宣伝の言葉です。ポスターのキャッチコピー「このへんな生きものは まだ日本にいるのです。たぶん。」は、糸井重里の最初の案では「もう日本にいないのです。たぶん。」でした。宮崎監督の意向で「まだ日本にいる」に変わっています。「もういない」から「まだいる」に変えたことで、懐かしむ話ではなく、今もどこかにいる生き物の話として打ち出す形になった、と僕は読んでいます。
トトロは、ほかの作品にもこっそり顔を出しています。
- 『平成狸合戦ぽんぽこ』のタヌキが化ける百鬼夜行の場面
- 『耳をすませば』の図書室の棚に「TOTORO」と書かれた本
- 『崖の上のポニョ』の冷蔵庫に小トトロのマスコット
- 『トイ・ストーリー3』のおもちゃの1つ
スタジオジブリのロゴにトトロが使われているのも有名です。ロゴになったいきさつはジブリのロゴはなぜトトロ?で紹介しています。
メイが主人公の短編もあります。三鷹の森ジブリ美術館だけで上映される短編『めいとこねこバス』(約14分)です。上映作品は時期によって替わるので、観たい人はジブリ美術館の土星座は今月どの短編?で予定を確かめてください。
まとめ
- サツキとメイは、初期のイメージボードでは1人の女の子だった。ポスターやパンフレットの少女がその名残
- サツキは最初10歳の設定で、しっかりしすぎていたので12歳に変わった。メイは4歳
- 宮崎監督は1953年を想定して作ったと書いている。お父さんは考古学者で、お母さんの病気は小説版では結核
- 「トトロ」はメイが聞き取った名前。初期の設定画では「ミミンズク」と呼ばれ、1302歳とされていた
- 死神説はスタジオジブリが否定している。狭山事件との関係も裏設定ではなく、作中にも資料にも根拠のない噂
参考
- アンク@金曜ロードショー公式(@kinro_ntv)の投稿 — https://x.com/kinro_ntv/status/487582212145938432
- となりのトトロ — Wikipedia — https://ja.wikipedia.org/wiki/となりのトトロ
- ジブリ日誌 2007年5月(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/storage/diary/003717/
- 『となりのトトロ』の時代設定 — ジブリのせかい — https://ghibli.jpn.org/trivia/totoro-era/
- 「となりのトトロ」あらすじ・キャスト・トリビアまとめ(映画.com・2024年8月23日) — https://eiga.com/news/20240823/25/


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