トトロの都市伝説は本当?サツキとメイ死亡説を公式と描写で検証

「トトロは死神」「サツキとメイは死んでる」という『となりのトトロ』の都市伝説は、スタジオジブリが公式に否定しています。作中にも、2人が死んだと読める根拠はありません。

それでも、この説は放送のたびに蒸し返されます。2026年8月21日にも金曜ロードショーで放送されたばかりです。観るたびに「影が消えるのはなぜ」「池のサンダルはメイのものでは」「行き先に墓道とあった」と、場面ごとの疑問が出てきます。Yahoo!知恵袋に並んでいるのは、「今ではデマと言う事になっていますが」と前置きしたうえで、それでも気になると聞く質問。「デマです」の一言では、腑に落ちないわけです。

そこでこの記事では、公式のコメントや「サツキとメイ死亡説」の出どころなどを調査した上で、改めて検証します。

サツキとメイは死んでるのか

死んでいません。これは僕の解釈ではなく、スタジオジブリの公式回答です。

2007年5月1日、ジブリの公式サイトに載っていた「ジブリ日誌」に、広報部がこう書きました。

トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。

この日誌によると、ゴールデンウィークの谷間の出勤日に、一般の人から「トトロは死神なんですか?」という問い合わせが相次いだそうです。噂が電話で会社に届くほど広まっていた。広報部がわざわざ打ち消したのは、それが理由です。

同じ日誌には、説の根拠としていちばんよく挙がる「影」についての説明もあります。

「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。みなさん、噂を信じないで欲しいです。

「事実や設定は全くない」「作画上の省略」。公式が言っているのはこの2点で、その後も覆されていません。ここから先は、この回答を前提に、なぜ噂が生まれ、なぜ消えないのかを確かめます。

「トトロは死神」説はどこから来たのか

説の中身は、おおむね次のような組み立てです。

  • トトロは死期が近い人にしか見えない死神で、ネコバスは魂を運ぶ乗り物
  • メイは池で溺れて死んでいて、後半から影が描かれなくなる
  • サツキはメイを追って死者の世界に入り、2人は母に会えないまま終わる

BuzzFeed Japanの記事によると、きっかけは2007年ごろの個人ブログです。上のような内容が箇条書きで紹介され、そこから広まったとされています。日刊サイゾーの記事は、もう少し前、2002年に作られた短編『めいとこねこバス』の上映が三鷹の森ジブリ美術館で始まったころから噂が出回り始めた、と書いています。起点の特定は資料によって少しずれますが、「2000年代にネットで広まり、2007年5月に公式が打ち消した」という流れは共通です。

公式の日誌にも「誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです」という一文があります。制作側から出た話ではなく、外で生まれた話だと、はっきり切り分けています。

根拠とされる場面を1つずつ検証する

説を支えているのは、作中の具体的な場面です。読者が本当に知りたいのは「デマかどうか」より「あの場面はどう見ればいいのか」でしょう。順番に見ます。

終盤で影がないのはなぜか

メイが迷子になったあと、サツキが走る場面や、ネコバスに乗る夕方の場面で、2人の影が地面に描かれていないカットがあります。説では「死んだから影がない」とされます。

公式の答えは先ほどのとおり、「作画上で不要と判断して略しているだけ」です。当時ジブリで制作の進行を担当していた木原浩勝さんは、著書『ふたりのトトロ』(増補改訂版、講談社文庫、2023年)で、影がないのは日没を意識した表現だと説明しています。BuzzFeed Japanの記事が伝えている内容です。夕方で光が弱まれば、影は薄く、描かなくても不自然にはなりません。どちらの説明も「演出と作画の判断」で、設定の話ではありません。

池のサンダルはメイのものか

メイを探しているとき、池から子どものサンダルが見つかり、カンタのおばあちゃんは顔色を変えて念仏を唱えます。映画の中でいちばん緊迫する場面の1つです。

ただし、その直後にサツキが駆けつけ、サンダルを見て「メイのじゃない」とはっきり言います。おばあちゃんはその場で泣き崩れ、周りの大人も胸をなでおろしました。説は「本当はメイのもので、サツキが認めたくなかっただけ」と読みますが、映画がこの場面で描いているのは「違ってよかった」という安堵です。木原さんも、池のサンダルはメイのものとは違うデザインだと説明しています(BuzzFeed Japanの記事による)。

お地蔵さんに「メイ」と刻まれているのか

迷子になったメイは、道端に並んだお地蔵さんのそばで泣いています。説では「そのお地蔵さんに『メイ』の字が刻まれている」とされ、知恵袋にも、刻まれているらしいがどこか分からない、という質問があります。

刻まれていません。この場面を確かめた記事はいくつもありますが、「メイ」と刻まれた地蔵を見つけたものは1つもない、というのが実情です。お地蔵さんは道端にごく普通にある風景で、道に迷った幼い子がそのそばで泣いている、という以上の意味は画面にありません。

ネコバスの行き先の「墓道」は何か

ネコバスの額にある行き先表示は、走るたびに文字が変わります。作中で表示されるのは、塚森、長沢、三ツ塚、墓道、大社、牛沼、めい、七国山病院、そして最後の「す」です。このうち「墓道」が「死者の道」と読まれ、説の根拠になりました。

「墓道」が何を指すのか、公式の説明はありません。分かるのは、これが途中に出る表示の1つで、サツキが乗ったときの行き先は「めい」、メイを見つけたあとは「七国山病院」だったことです。牛沼は所沢市に実在する地名で、行き先の並びは土地の名前と目的地の組み合わせに見えます。最後の「す」にも公式の説明はなく、巣に帰るという読みが広く知られています。ネコバスがやったのは、妹を探す姉を目的地まで運ぶことで、どこかへ連れ去ることではありません。

なぜお母さんに会わずに帰るのか

病院に着いた2人は、病室に入らず、窓の外の松の木から中の様子を見ます。そして「おかあさんへ」と彫ったとうもろこしを窓辺に置いて帰りました。それに気づいたお母さんの言葉が、これです。

いま、そこの松の木で、サツキとメイが笑ったように見えたの。

お父さんは「案外そうかもしれないよ、ほら」と、窓辺のとうもろこしを指し示します。説では「2人はもう死んでいるから会えず、母だけが気配を感じた」と読まれます。

会わなかった理由を、映画は言葉では説明していません。ここは公式が明言していない部分です。ただ、描写として確かなことはあります。お母さんは笑顔で話し、2人はそれを安心した顔で見ています。とうもろこしも実際に届きました。「死んだから会えなかった」という読み方は、お父さんがとうもろこしを指し示す場面と合いません。

僕は、2人の目的が途中で「会うこと」から「届けること」に変わったのだと読んでいます。メイが家を飛び出したのは、とうもろこしをお母さんに渡すためでした。窓越しに元気な顔を見て、それが叶った。子どもだけで病室に入れば、かえって心配をかけます。だから置いて帰った、という読み方です。

エンドロールは死後の回想なのか

説では「エンドロールの家族の絵は、2人が生きていたころの回想」とされます。これは2024年8月の放送で、金曜ロードショーの公式Xが直接答えています。オリコンの記事によると、公式Xはエンドロールを「サツキとメイの“その後”」と説明しました。お母さんが無事に退院し、メイは年下の子の面倒を見るようになり、サツキは一家の母親役から解放されて子どもらしさを取り戻す。回想ではなく、後日談です。

クランクインの記事は、この説明を見た視聴者から「ほっとしました」という反応が寄せられたと伝えています。観るたびに不安になる人がいて、そのたびに打ち消される。それがこの噂の現在地です。

狭山事件と関係があるのか

もう1つ、「『となりのトトロ』は狭山事件を元にしている」という説があります。1963年5月に埼玉県狭山市で起きた実在の事件で、映画の舞台が隣の所沢市周辺とされることから結びつけられました。

公式はこの説に触れていません。2007年の日誌で否定されたのは死神説と死亡説で、狭山事件については肯定も否定もない、というのが日刊サイゾーの記事の整理です。説が挙げるのは舞台の近さと時期の重なりですが、映画.comの記事では、作品の時代設定は「昭和30年代初頭」とされています。事件が起きた1963年は昭和38年で、設定より後です。

舞台の近さ以外に、作中に事件を指す描写はありません。実在の事件で、今も関係者がいる話です。作品と結びつけて語るなら、「作中に根拠はなく、公式も触れていない」という事実の範囲にとどめるのが妥当でしょう。

公式が説明していない部分はどう読むか

否定されたのは「死んでいる」「死神だ」という設定です。一方で、次の2つは公式が理由を語っていません。

  • お母さんが、松の木の2人の気配に気づいたのはなぜか
  • ネコバスやトトロが、大人には見えないのはなぜか

ここは読み方が分かれてよい部分です。作中でお父さんは、トトロに会ったというメイの話を最初は笑いますが、嘘つきだとは思っていないと言います。そして「メイはきっと、この森の主に会ったんだ」と続け、いつも会えるとは限らない、とも付け加えます。大人が「見えないから存在しない」と言わない映画です。

お母さんが気配に気づいたのも、僕はこの延長で読んでいます。見えないものを否定しない人には、気配くらいは届くのでしょう。大人にトトロやネコバスが見えないことも作中に説明はなく、子どもと、見えないものを否定しない人にだけ届く存在として描かれている、と読むほかありません。

もう1つの読み方は、単に「会いたい気持ちが届いた」という素直なものです。とうもろこしは実物として残り、笑い声はお母さんにだけ聞こえた。どちらの読み方でも、2人が死んでいる必要はありません。

監督が作りたかったのはどんな映画か

2024年の放送時に金曜ロードショー公式Xが紹介した、宮崎駿監督の言葉があります(オリコンの記事による)。もとは企画書に書かれた文章で、宮崎監督の文集『出発点 1979〜1996』(徳間書店、1996年)に収められています。

『となりのトトロ』の目指すものは、幸せな心温まる映画です。(中略)恋人たちはいとおしさを募らせ、親たちはしみじみと子供時代を想い出し、子供たちはトトロに会いたくて、神社の裏の探検や樹のぼりを始める。そんな映画をつくりたいのです。

子どもが観たあとに森へ探検に出たくなる映画として、この作品は企画されました。その映画に「実は死んでいた」という仕掛けを隠していたとは考えにくいでしょう。

もう1つ、公式が作った続きがあります。三鷹の森ジブリ美術館の短編『めいとこねこバス』(約14分、宮﨑駿監督)で、風の強い日にメイがこねこバスと出会い、友達になって夜の森へ出かける話です。映画.comの記事は、この作品をメイの後日談と位置づけています。メイが元気に走り回るその続きを、監督自身が作っているわけです。

この短編は、映画館や配信では観られません。観られる場所は2つ。三鷹の森ジブリ美術館の映像展示室「土星座」と、ジブリパーク「ジブリの大倉庫」の映像展示室「オリヲン座」です。どちらも美術館の短編10作品を月替わりで上映しています。

2026年8月時点で、美術館の8〜10月の予定に『めいとこねこバス』は入っていません。観に行くなら、行く月の上映作品を公式サイトで確かめてください。美術館のチケットは毎月10日に翌月分が発売されるので、発売日の仕組みも先に押さえておくと安心です。→ ジブリパークとジブリ美術館のチケット発売日の違い|何時に何月分?

まとめ

  • 「トトロは死神」「サツキとメイは死んでる」は、2007年5月1日にジブリ広報部が、そういう事実や設定は全くないと否定した都市伝説
  • 影がないのは「作画上の省略」が公式の説明。サンダルは「メイのじゃない」と作中で明言され、お地蔵さんに「メイ」の字はない
  • ネコバスの「墓道」は途中の表示の1つで、サツキを乗せたときの行き先は「めい」と「七国山病院」。エンドロールは回想ではなく、母が退院した後日談
  • 狭山事件との関係は公式が触れておらず、作中に根拠もない。実在の事件なので断定しない
  • 監督の企画書は「幸せな心温まる映画」。メイの後日談『めいとこねこバス』も公式が作っている

参考

  • ジブリ日誌 2007年5月(5月1日 広報部の記述) — スタジオジブリ — https://www.ghibli.jp/storage/diary/003717/
  • となりのトトロ 作品ページ — スタジオジブリ — https://www.ghibli.jp/works/totoro/
  • 本日8月7日より、金曜ロードショーにて3週連続ジブリ作品が放送されます — スタジオジブリ(2026年8月7日) — https://www.ghibli.jp/info/015013/
  • 「となりのトトロ」都市伝説・トリビア トトロ=死神説、続編の存在、ジブリパークなど紹介 — 映画.com(2022年8月19日) — https://eiga.com/news/20220819/20/
  • 「となりのトトロ」あらすじ・キャスト・トリビアまとめ — 映画.com(2024年8月23日) — https://eiga.com/news/20240823/25/

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