ジブリが専業の声優をあまり使わない理由は、芝居の上手さより「その人の存在感」と「大げさでない日常の芝居」を求めたからです。宮崎駿と高畑勲がそれぞれ別の道でこの考えにたどり着き、鈴木敏夫は「ジブリの作品は日常の芝居が多いから、大げさでは困る」と説明したと伝えられています。
ただし「使わない」は正確ではありません。初期の作品では主役を声優が演じていて、俳優中心になったのは高畑作品では『おもひでぽろぽろ』(1991年)から。宮崎作品では『紅の豚』(1992年)ごろから増え、『もののけ姫』(1997年)で主役級が俳優になりました。
この記事では、本当にいつから使わなくなったのか、宮崎駿・高畑勲・鈴木敏夫が何と言っているのか、「宣伝のため」という見方は当たっているのか、なぜ棒読みと言われるのか、の順に整理します。
ジブリは本当に声優を使っていないのか
まず前提から。ジブリは「声優を一切使わない」わけではありません。
『風の谷のナウシカ』(1984年)のナウシカは島本須美、『天空の城ラピュタ』(1986年)のシータは横沢啓子で、どちらも声優です。島本須美は『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスも演じていて、初期の宮崎作品のヒロインの声を作った人といえます。
流れが変わるのは1990年代。マグミクスの記事によると、高畑作品は今井美樹と柳葉敏郎を主役にした『おもひでぽろぽろ』(1991年)から、宮崎作品は『紅の豚』(1992年)でジーナ役に歌手の加藤登紀子を起用し、『もののけ姫』(1997年)で声優の割合がはっきり減りました。
| 時期 | 作品 | 注目の起用 |
|---|---|---|
| 1984年 | 風の谷のナウシカ | 島本須美(声優) |
| 1986年 | 天空の城ラピュタ | 横沢啓子(声優) |
| 1988年 | となりのトトロ | サツキ役は声優の日高のり子。お父さん役に糸井重里(コピーライター) |
| 1991年 | おもひでぽろぽろ | 今井美樹・柳葉敏郎(俳優) |
| 1997年 | もののけ姫 | 松田洋治・石田ゆり子(俳優) |
| 2013年 | 風立ちぬ | 庵野秀明(アニメ監督) |
つまり「使わなくなった」のではなく、「主役級を俳優で固めるようになった」が実態です。脇には今も声優がいて、『もののけ姫』のトキ役は島本須美が演じています。
宮崎駿は何と言っているのか
宮崎駿の考えがいちばん分かるのが、『となりのトトロ』(1988年)でサツキとメイのお父さん役に、声優ではなくコピーライターの糸井重里を選んだときの発言です。『ジブリの教科書3 となりのトトロ』(文藝春秋)に収められた対談で、宮崎駿は、時間のない映画づくりでは声優の器用さに頼っていると認めたうえで、こう続けています。
でもやっぱり、どっかで欲求不満になるときがある。存在感のなさみたいなところにね。
つまり、声優の器用さでは埋まらない「存在感」が欲しいという話です。同じ対談では、声優の声はみんな温かくて「子どものことを全面的に理解している父親になりすぎる」とも述べています。宮崎駿が欲しかったのは、上手なお父さんではなく、どこにでもいる父親の声でした。
糸井重里本人は2024年12月のラジオで、選ばれた経緯を話しています。宣伝の打ち合わせに、糸井重里は子どもを連れて行っていました。宮崎駿はその親子の会話を見ていて、本当の父と子はだいたいあれくらいの話し方で、ドラマの親子は「お父さんと子供らしすぎないか」と考えたそうです。それが起用のきっかけでした。アフレコの途中では、起用を推した宮崎駿と疑問を持った鈴木敏夫の間で、続けるかどうかの話し合いがあったとも明かしています。
「存在感」を求める姿勢は、その後も変わりません。『風立ちぬ』(2013年)で主人公の堀越二郎をアニメ監督の庵野秀明が演じたのは、作画で参加したいと申し出た庵野に、宮崎駿が主演を頼んだためです。
高畑勲はなぜ俳優にこだわったのか
高畑勲の理由は、宮崎駿とは少し違います。出発点は、ジブリができる前の『じゃりン子チエ』(1981年)でした。
この映画では関西の俳優や芸人が声を担当しました。高畑勲は彼らのアドリブや芝居に感心しながら、「アフレコでなければ、もっとよかったはず」と悔やんだとされています。アフレコは絵に合わせてしゃべる録り方です。演者の間や息づかいが、絵の都合で削られてしまいます。
そこで高畑勲が採ったのが、先に声を録ってから絵を描く「プレスコ」という方法です。『火垂るの墓』(1988年)の一部で試し、『おもひでぽろぽろ』からは声の芝居を主にこの方法で録りました。『おもひでぽろぽろ』は今井美樹ありきの企画で、高畑勲は鈴木敏夫に「今井さん以外、考えられない」「彼女がやってくれないなら、この企画はボツです」と迫ったといいます。
高畑勲が欲しかったのは、絵に合わせる器用さではなく、その人がしゃべったときに出る間や呼吸そのものでした。声優は「絵に合わせる技術」で評価されます。プレスコではその技術が要りません。代わりに、演者の素の間や声の癖がそのまま絵に反映されます。
鈴木敏夫が言う「ケの芝居」とは何か
制作の全体を見てきた鈴木敏夫は、2010年の講演で、理由をもっと分かりやすく説明したと伝えられています。ジブリの作品は衣食住を丁寧に描くので日常の芝居が多く、芝居のほうも大げさでは困る、という話です。
声優の芝居は、日本の暮らしの言葉でいえば「ハレ」(非日常)で、ジブリが欲しいのは「ケ」(ふだん)だとも語ったとされています。ジブリの映画は、ご飯を食べる、掃除をする、荷物を運ぶといった場面が長く続きます。そこで声だけが張り切っていると、絵と釣り合いません。
鈴木敏夫がラジオ番組『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』で例に挙げたのが、『耳をすませば』(1995年)で雫のお父さんを演じた評論家の立花隆です。立花隆の声は本人の存在感に寄りかかったもので、だからこそ雫への話し方が「ほんもののお父さん」になったと語っています。
宮崎駿の「存在感」、高畑勲の「素の間と呼吸」、鈴木敏夫の「ケの芝居」。言い方は違いますが、どれも「うまく演じる声」より「そこにいる人の声」を選ぶという同じ方向を向いています。
芸能人を使うのは「宣伝のため」なのか
「有名な俳優を使えばニュースになって宣伝になるから」という見方は根強くあります。知恵袋の回答でも、宣伝効果や、声優のスケジュールを毎回押さえる手間を理由に挙げる人がいます。
有名な俳優が出ればニュースになり、宣伝にもなります。ただ、人選を見ると「名前で客を呼ぶ」だけでは説明がつきません。『トトロ』の糸井重里はコピーライター、『耳をすませば』の立花隆は評論家で、宣伝向きの顔ぶれとはいえません。『おもひでぽろぽろ』の今井美樹も、話題性ではなく高畑勲が声にこだわった結果でした。
僕は、宣伝効果は結果としてついてきたもので、出発点は監督2人の「声優の芝居では足りない」という不満だったと読んでいます。「宣伝のため」だけでは、糸井重里や庵野秀明のような宣伝向きとはいえない起用に理由がつきません。
ただし、人選が理屈だけで決まるわけでもありません。鈴木敏夫は2025年10月の『もののけ姫』4KデジタルリマスターIMAX版のプレミア試写会で、サン役に石田ゆり子を選んだ理由を「宮崎駿のタイプだったんですよね」「声じゃなくて顔なんです」と冗談まじりに話しています。監督の直感で決まる部分もある、という話でしょう。
棒読みと言われるのはなぜか
「ジブリの声は棒読み」「下手」という声も、放送のたびに出ます。これには、上で見た方針の裏返しという面があります。
宮崎駿は、俳優だけでなく声優にも「声優らしさ」を削る指導をしています。『もののけ姫』でトキ役の島本須美は、「せっかくだから、代わってもらいな」という一言に対し、宮崎駿から「職業上の仮面があるね。それを引っぺがさないと駄目だね」と言われ、20回もやり直したと伝えられています。ナウシカを演じた声優に、声優としての芝居を捨てさせたということです。
石田ゆり子も2025年10月の試写会で、サンは「セリフがそんなにない」役で、「全員のなかで、一番へたくそで、実際わたしひとりが居残り授業で」と振り返っています。俳優が慣れないアフレコに苦労するのは事実で、その結果が「棒読み」に聞こえることはあるでしょう。
一方で、感情を抑えた声が意図どおりの場合もあります。マグミクスの記事は、絵の情報量が少ないアニメでは感情の振れ幅の大きい演技が求められる、と説明しています。裏を返せば、日常の動きまで細かく描くジブリの絵なら、声が抑えめでも成り立つという見方です。
上手い下手をどう感じるかは観る人次第です。ただ「なぜあの声なのか」は、監督たちが「上手さ」を最初から目指していないと分かると、腑に落ちやすくなります。
まとめ
- ジブリは声優を「一切使わない」のではない。初期作品は声優が主役で、俳優中心になったのは高畑作品は『おもひでぽろぽろ』(1991年)から。宮崎作品は『紅の豚』(1992年)ごろから増え、『もののけ姫』(1997年)で主役級が俳優になった
- 宮崎駿は『トトロ』の糸井重里起用について、声優の器用さでは埋まらない「存在感」が欲しいと語った
- 高畑勲は『じゃりン子チエ』の反省から、先に声を録るプレスコで演者の素の間と呼吸を生かした
- 鈴木敏夫は、日常の芝居が多いジブリでは大げさな「ハレ」の芝居より「ケ」の芝居が要ると説明している
- 宣伝効果は結果としてついてきたもので、出発点は監督2人の不満。棒読みと言われるのは、「声優らしさ」を削る方針の裏返しでもある
『もののけ姫』を観直すなら、ラストの意味の記事もどうぞ。立花隆が出演した『耳をすませば』は、2026年10月23日からIMAXで再上映中です(2026年10月23日時点)。日程はIMAX上映の記事にまとめてあります。
参考
- 『ジブリの教科書3 となりのトトロ』(文藝春秋、2013年)
- なぜジブリ作品では「専業声優」以外を起用するのか 「芝居の上手さ」より重視したものとは? — マグミクス — https://magmix.jp/post/88241
- 糸井重里氏「となりのトトロ」で声優を務めた経緯告白 親子の会話を「宮崎駿さんが見てて…」 — 東スポWEB(2024年12月24日) — https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/328326
- 【「もののけ姫」声優秘話】松田洋治「特報で知った」石田ゆり子「反省点が多い」 — アニメハック(2025年10月) — https://anime.eiga.com/news/124926/


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