『ハウルの動く城』が途中からわからなくなるのは、観る側のせいではありません。映画は「誰と戦っているのか」「ハウルとカルシファーの契約は何か」「ソフィーが見た過去は何か」の3つを、ほとんど説明しないまま進みます。
しかもこの3つは、終盤の展開を支える土台です。そこが抜けたまま観ると、城が壊れ、ソフィーが落ち、カカシが王子になって戦争が終わる。その流れが、ただ次々と起きているだけに見えてしまいます。
この記事では、サリマンの城の場面から結末までを、引っかかりやすい疑問の順にわかりやすく解説します。読み終えたとき、「結局どういう話だったのか」を人に説明できる状態になるのが目標です。
なぜ途中からわからなくなるのか
監督がわざと説明しない作りにしたからです。宮崎駿監督は雑誌『Cut』のインタビュー(『続・風の帰る場所』に収録)で、「説明するための映画は作らないと決めた以上、俺は説明しない」と言い切りました。同じインタビューでは、「半分ぐらいの人はわからないみたいなんですよね」と、観客の半分に伝わっていない現実も認めているのです。
つまり、途中で迷子になるのは作り手の想定の内側です。しかも監督は、映画の評価に「怒ってますよ」と語るほど、伝わらなかったことを不本意に思っていました。
もう一つ、話が飛ぶように感じる理由があります。原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説『魔法使いハウルと火の悪魔』で、映画が原作に近いのは中盤まで。原作では戦争は背景にわずかに触れられるだけで、爆撃や空中戦の場面はありません。後半で急に別の話が始まったように感じるのは、実際に映画だけの話が始まっているからです。
誰と誰が戦っているのか
戦争の相手と理由
ソフィーの国(王都キングズベリーを持つ国)と、隣の国との戦争です。劇中では、戦争の理由がはっきり語られません。手がかりは、サリマンがハウルに語る言葉と、街に落ちてくるビラ、そして終盤に明かされる「隣国の王子が行方不明だった」という事実だけです。
この行方不明の王子が、ソフィーのそばにずっといたカカシのカブです。王子が姿を消したまま戻らないことが、二つの国のこじれの一因だった、という読み方をする人が多くいます。ただし作中で「王子がいなくなったから戦争が始まった」と明言されるわけではなく、あくまでそう読める、という範囲の話です。
ハウルは何のために戦っているのか
ハウルは、どちらかの国のために戦っているわけではありません。サリマンから王の名で召集を受けても応じず、偽名(ジェンキンス、ペンドラゴン)を使い分けて逃げ続けています。夜ごと大きな鳥の姿で出かけていくのは、空襲に来る飛行機械や、化け物になった同業の魔法使いたちに割って入るためです。
ハウル自身は、サリマンとは戦いたくない、とソフィーに打ち明けています。戦争そのものに背を向けながら、目の前の爆撃だけは止めに行く。それがソフィーと出会う前からのハウルのやり方でした。
ただし、鳥の姿で戦うたびに人間の姿へ戻りにくくなっていきます。ハウルが「化け物になる」ことをおそれているのは、このためです。サリマンがソフィーに、魔力を奪わなければハウルは荒地の魔女のように身も心も食い尽くされる、と告げるのも、同じ危険を指しています。
サリマンは敵なのか、黒幕なのか
サリマンは王室付きの魔法使いで、ハウルの元師匠です。ハウルが悪魔と契約して自分のもとを去ったことを、今も許していません。ハウルを呼び戻すか、それができないなら魔力を取り上げる。サリマンの目的はその一点です。
戦争を起こしたのがサリマンだ、という「黒幕説」はファンの間で根強くあります。王子に呪いをかけて姿を消させたのも、ハウルを引きずり出すためだったという読みです。ただ、劇中にそう明かす場面はありません。王子を呪ったのが誰かも語られないので、僕はこの説を「筋は通るが、根拠は作中にない」と見ています。
一方で、サリマンが戦争を終わらせる側に回るのは、はっきり描かれています。ラストで王子が国へ帰ると知ったサリマンの言葉が、「この馬鹿げた戦争を終わらせましょう」でした。戦争を続ける気はもともとなく、ハウルさえ手に入れば用はなかった、と作中からは読めます。
途中からソフィーについてくる犬のヒンは、サリマンの使いです。敵の犬というより、最後にサリマンがハウルたちの様子を知り、戦争を終わらせると決める手がかりになっています。
原作を知っている人が混乱するのは、ここに原作との違いがあるからです。原作のサリマンにあたる人物は「ベンジャミン・サリヴァン」という男性の王室付き魔法使いで、ハウルの師匠ではなく兄弟子にあたります。映画のサリマンは、この人物と、原作でハウルの師匠だったペンステモン夫人の要素を合わせた人物になっています。
荒地の魔女はなぜ弱くなり、仲間になったのか
序盤で圧倒的だった荒地の魔女が、王宮を出たあとは急に小さなおばあさんになります。起きたことは単純で、サリマンが魔女の魔力を抜き取りました。王宮で魔女はサリマンにすべての魔力を奪われ、若く見せていた姿を失って、本当の年齢の姿に戻ります。
それでも魔女は、ハウルの心臓への執着だけは失いません。終盤、カルシファーを胸に抱きしめて離さないのは、心臓が欲しいからです。ソフィーが「お願い、おばあちゃん」と頼み、魔女が手を開くところで、この執着に区切りがつきます。魔女が「仲間になった」というより、ソフィーが魔女を家族として受け入れ、魔女がそれに応えた、と読むほうが作中の描写に近いです。
カルシファーとの契約は何だったのか
ハウルが心臓を渡した理由
カルシファーは、空から落ちてきた星です。少年時代のハウルは、落ちてきて消えかけていた星を受け止め、自分の心臓を与えて生かしました。星は火の悪魔カルシファーになり、ハウルの心臓を燃やし続けることで、ハウルに強い魔力を与えています。
これがハウルとカルシファーの契約です。ハウルは心臓を持たないまま生きていて、だから感情が薄く、自分の身を守ることにも執着がない。サリマンの「悪魔に心を奪われた」という言葉は、比喩ではなく、そのままの意味です。
カルシファーがソフィーに、契約の秘密を見破ってくれたら呪いを解いてやる、と持ちかけたのは序盤の場面です。契約は当事者どうしでは解けないので、第三者に見つけてもらうしかありません。この約束が終盤で回収されます。
ソフィーが見た過去と「未来で待ってて」
城が壊れたあと、ソフィーは崩れた城の跡に残っていた黒い扉の向こうへ入ります。そこで見るのが、上に書いた「少年ハウルが星を受け止める場面」でした。ソフィーは過去のハウルに向かって、「未来で待ってて」と叫びます。
このとき、ソフィーはハウルとカルシファーの契約を自分の目で見ました。カルシファーが求めていた「契約を見破る」条件は、ここで満たされたことになります。だから終盤、ソフィーはためらわずにカルシファーからハウルの心臓を取り出し、ハウルの胸に戻せるのです。
「未来で待ってて」は、ソフィーがハウルに会いに行くという約束。少年ハウルの側から見れば、いつか未来で助けに来てくれる人がいるという予告でもあります。冒頭でハウルがソフィーに「探したよ」と声をかけるのは、この約束があったからでしょう。
終盤の流れを順に整理する
ここまでの内容を踏まえた終盤の流れが、次の表です。
| 順番 | 起きたこと | なぜそうなるのか |
|---|---|---|
| 1 | ハウルが街の空襲を止めに行き、ソフィーたちを城に残す | ハウルに「守りたいもの」ができ、逃げるのをやめた |
| 2 | ソフィーがカルシファーを城から出し、城が壊れる | 城はカルシファーの力で動いている |
| 3 | 荒地の魔女がカルシファーを抱きしめ、ソフィーが水をかける | 魔女の心臓への執着 |
| 4 | ソフィーが暗い場所に落ち、過去のハウルを見る | 黒い扉の先で契約の場面を見る。「未来で待ってて」 |
| 5 | ソフィーがカルシファーから心臓を取り、ハウルに戻す | 契約を見破ったので解ける。カルシファーは自由になる |
| 6 | カブにソフィーがキスし、隣国の王子に戻る | カブの呪いは、愛する人のキスで解けるというもの |
| 7 | 王子が国へ帰り、サリマンが戦争を終わらせる | 行方不明だった王子が戻る。サリマンはハウルを追う理由もなくなる |
2の「城が壊れる」場面で戸惑う人が多いのですが、カルシファーを外へ出せば城が崩れることを、ソフィーは承知していました。自分たちが街に残っている限り、ハウルは守るために戦い続ける。だからソフィーは街を離れ、城ごとハウルのところへ向かうために、カルシファーを外へ出しました。
3で「なぜ水をかけたのか」も引っかかりやすい点です。ソフィーは魔女を助けようとして水をかけただけで、火が弱ればハウルも弱るという契約の仕組みをまだ知りません。だからこそ4で契約の場面を見ることに意味があります。
ソフィーの見た目が変わる理由と白い髪
物語の途中で、ソフィーはおばあさんになったり、若い姿に戻ったりを繰り返します。呪いが解けかけているように見えて、また戻る。ここも映画は理由を言いません。
知恵袋や解説記事でよく出る読みは、「ソフィーの気持ちがそのまま見た目に出ている」というものです。自分に自信がないとき、あきらめているときは老いた姿に、ハウルを守ろうと必死なとき、眠っているときは若い姿になります。
この読みで大事なのは、ソフィーが呪いをかけられる前から「心は年寄り」だった点です。帽子屋の仕事に自分を閉じ込め、妹のような華やかさをあきらめている。呪いは、その中身を外に出しただけです。
ラストで若い姿に戻っても、髪だけが白いままなのは、ハウルの言葉が答えになっています。ハウルはソフィーの髪を「星の光に染まってる」と言い、きれいだと続けました。呪いの名残ではなく、過去へ行って星を見届けてきた印だ、と読めます。
結局どういう話だったのか
「ソフィーの呪いが解ける話」だと思って観ると、終盤がずれて見えます。呪いは山場で劇的に解けるわけではなく、いつのまにか気にならなくなるからです。
この映画の芯は、「ハウルが心を取り戻す話」です。心臓を悪魔に渡して自由に生きてきた男が、守りたい人ができて逃げるのをやめ、最後に心臓を返してもらう。ソフィーは、その相手として過去にまでさかのぼって契約を見届けます。呪いは、ソフィーがその役目を果たすための入り口でした。
宮崎監督は、公開翌年の読売新聞のインタビューで、呪いが解けておばあさんが若い娘に戻って幸せになりました、という映画だけは作ってはいけないと思った、と語ったとされています。老いた姿のソフィーが、若いときよりも大胆に動き、人を守れるようになる。年齢は問題ではない、という考えが、この映画の土台にあります。
戦争については、監督自身が説明を放棄した分、読み方が分かれます。公開翌年の雑誌インタビュー(ニューズウィーク日本版 2005年6月29日号)で、監督はこの作品がイラク戦争の影響を強く受けていると語ったとされています。誰が正しいかを描かず、爆撃の理不尽さだけを描き、最後は「馬鹿げた戦争」として終わらせる。戦争の相手や理由が語られないのは、説明を忘れたのではなく、どちらの国が悪いかを問題にしていないからだ、と僕は読んでいます。
まとめ
- 『ハウルの動く城』が途中からわからなくなるのは、戦争の相手・カルシファーとの契約・ソフィーが見た過去の3つを映画が説明しないため
- 戦争は隣国との戦争で、理由は明言されない。行方不明の王子がカブだったことが、終戦のきっかけになる
- ハウルは少年時代に落ちてきた星(カルシファー)に心臓を渡した。契約は第三者が見破らないと解けず、ソフィーが過去でそれを見届けた
- ソフィーの見た目は気持ちで変わる。白い髪は呪いの名残ではなく、ハウルの言葉では「星の光」の色
- 芯は「ソフィーの呪いを解く話」ではなく「ハウルが心を取り戻す話」。監督は説明しない作りをわざと選び、観客の半分に伝わっていない現実も認めていた
参考
- ハウルの動く城 作品ページ — スタジオジブリ — https://www.ghibli.jp/works/howl/
- 『続・風の帰る場所 映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか』(ロッキング・オン、2013年)
- 大胆改変! なぜ『ハウルの動く城』は原作にない「戦争」が描かれたのか? — マグミクス — https://magmix.jp/post/277572
- 読売新聞 2005年9月17日夕刊 宮崎駿インタビュー
- ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔』(西村醇子訳、徳間書店、1997年)


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