『天空の城ラピュタ』の元ネタは、スウィフトの『ガリバー旅行記』です。「ラピュタ」という名前は、その第3部に出てくる空飛ぶ島から取られています。ただし、原典から借りたのは名前だけで、話の中身はまったくの別物です。
それでも、2つのラピュタには一つだけ大きな共通点があります。どちらも「空の上から地上を支配する島」として描かれていることです。
この記事では、名前が付いた経緯と、原典のラピュタがどんな島なのかを整理します。映画との違い、宮崎駿監督が原典をどう見ていたか、海外で題名が変わった理由もまとめました。
ラピュタという名前はどこから来たのか
ラピュタの名前のもとは、アイルランドの作家ジョナサン・スウィフトが1726年に出した『ガリバー旅行記』です。小人の国で有名な物語ですが、全体は4部に分かれていて、ガリバーが空飛ぶ島ラピュタを訪れるのは第3部です。
映画の企画では、はじめ「ラプュタ」という表記でした。宮崎監督は、言いにくいこの名前を気に入っていなかったとされています。それでも、よく知られた古典の名前なら企画書に説得力が出る、という理由で採用されました。
映画の中でも、空飛ぶ島の話を書いた人としてスウィフトの名前が出てきます。ラピュタが昔から語り継がれてきた伝説の島だと、観客に感じさせる効果があります。
ちなみに、原典のガリバー自身も、ラピュタという名前の本当の由来は分からなかったと書いています。島の古い言葉から来たという説を「少し無理がある」と退け、自分の思いつきも読者の判断に任せています。
宮崎駿は原典をどう見ていたのか
宮崎監督は、『ガリバー旅行記』をダイジェスト版でしか読んだことがなかったとされています。内容もそれほど面白いとは思わず、ラピュタという名前も覚えていなかったそうです。
つまり、映画は原典の物語をなぞって作られたわけではありません。空に浮かぶ城を舞台にした冒険の構想が先にあり、その舞台に古典の島の名前を借りた、という順番のほうが近そうです。
面白いのは、公開当時のパンフレットにある企画のメモです。そこでは、スウィフトのラピュタにも元になった話があるとして、プラトンの『天空の書』という本に出てくる浮島「ラピュタリチス」が挙げられています。ところが、プラトンにそのような本はありません。映画の世界に奥行きを出すための、遊び心のある作り話と受け取るのがよさそうです。
ガリバー旅行記のラピュタはどんな島なのか
原典のラピュタは、直径およそ7キロの丸い島です。厚さは約270メートルあり、島の底は硬い一枚岩でできています。
島を浮かせ、動かしているのは、島の中心にある巨大な磁石です。磁石の向きを変えると、下の大地と引き合ったり反発したりします。その力で、島は上がり下がりし、横にも進む仕組みです。磁石の番は天文学者たちの仕事です。
島の住人は、数学と音楽のことばかり考えています。考えごとに夢中で、人と話していてもすぐ上の空になってしまう人たちです。そのためお金のある人は、乾いた豆や小石を入れた袋で口や耳をたたいて注意を戻してくれる召使いを連れて歩いています。
島の王は、真下にある大地バルニバービを空から治めています。地上の町は王に年貢を納め、島はその上を行き来しています。ラピュタは、空に浮かぶ宮殿というより、地上を見下ろして治める役所のような島です。
スウィフトはこの島の人々を、理屈ばかりで暮らしに役立たない学者や、地上の民を顧みない支配者として、皮肉を込めて書きました。冒険の舞台というより、風刺のための島です。
映画のラピュタとどこが同じで、どこが違うのか
2つのラピュタを並べると、違いのほうがずっと多くなります。
| 比べる点 | ガリバー旅行記のラピュタ | 映画のラピュタ |
|---|---|---|
| 浮かぶ仕組み | 島の中心の巨大な磁石 | 飛行石の巨大な結晶 |
| 今の姿 | 王や学者が暮らす、現役の島 | 人が去って長い年月がたった、無人の城 |
| 住む人・いるもの | 数学と音楽に夢中な人々 | 庭を守るロボット兵、鳥や小さな動物 |
| 地上とのかかわり | 王が下の大地を治め、年貢を取る | かつて天空から全地上を支配していた帝国の都 |
| 物語での役目 | 社会への風刺 | 少年と少女が目指す冒険の目的地 |
いちばん大きな違いは、映画のラピュタがすでに滅びた場所だという点です。原典では王も学者もにぎやかに暮らしていますが、映画では人の姿はなく、巨大な木の根に包まれて静かに浮かんでいます。
浮かぶ仕組みも違います。原典は磁石という当時の科学で説明できる仕組みにしていますが、映画は飛行石という架空の石を中心に置きました。飛行石はシータのペンダントにもなっていて、島と少女を一本の糸でつなぐ役目を持っています。
結末も違います。原典のラピュタは、物語の最後まで空を飛び続ける島のまま。映画では、パズーとシータが「滅びの言葉」を唱えると、城の下の部分が崩れ落ちます。大樹に支えられた上の部分と巨大な飛行石だけが、さらに高い空へ。滅びの言葉の意味はラピュタのバルスはどういう意味?で整理しています。
どちらも空から地上を支配する島なのか
違いだらけの2つのラピュタですが、「空にいる者が地上を力で押さえつける」という点だけは重なっています。
原典の王は、言うことを聞かない町があると、島をその町の真上に止めます。日の光と雨をさえぎって、作物を枯らし、病気を広げるのです。それでも従わなければ、上から大きな石を落とし、最後には島そのものを町の上に落とすことまでできる、とされています。
映画のラピュタも、かつては天空から地上を支配した恐ろしい帝国でした。ムスカがラピュタの力を取り戻そうとするのは、その力で再び地上を従わせるためです。映画の中でラピュタの力が海を焼き払う場面は、原典の王が町を脅すやり方とよく似た発想に見えます。
僕は、宮崎監督が原典の中身に関心がなかったとしても、空飛ぶ島を物語に置けば、どちらも「上から押さえつける力」になったのだと考えています。空に浮かぶ島は、それだけで下にいる人々を見下ろす力を持ってしまいます。その怖さを、スウィフトは風刺として、宮崎監督は滅びた帝国として描きました。
海外で題名が変わったのはなぜか
英語圏で公開された版には、2つの題名があります。1989年の版は『Laputa: The Flying Island』、2003年にディズニーが配給した版は『Castle in the Sky』です。
後の版で「ラピュタ」が題名から外れたのは、「Laputa」を区切って読むと、スペイン語で女性をひどくののしる言葉「la puta」になってしまうからです。スペイン語を話す人の多い地域で誤解されないよう、題名を『Castle in the Sky』だけにしました。
この響きは、実は原典のころからのものです。スウィフトは皮肉を込めてこの名前を付けたとされ、スペイン語に訳された『ガリバー旅行記』でも「Lupata」などに名前が変えられてきました。
宮崎監督は、1986年の『キネマ旬報』のインタビューで、制作中はこの意味を知らなかったと話しています。名前だけを借りたことが、20年近くたって海外の題名を変えることにつながりました。
まとめ
- 「ラピュタ」の名前は、スウィフトの『ガリバー旅行記』第3部に出てくる空飛ぶ島から取られた。借りたのは名前だけで、話の中身は別物
- 宮崎監督は原典をダイジェスト版でしか読んでおらず、名前は企画書に説得力を出すために使ったとされる
- 原典のラピュタは巨大な磁石で浮かぶ現役の島で、数学と音楽に夢中な人々が暮らし、王が下の大地を空から治める
- 映画のラピュタは飛行石で浮かぶ、人のいなくなった城。違いは多いが「空から地上を支配する島」という点は重なる
- スペイン語での響きを避けるため、英語版の題名は『Castle in the Sky』になった
ラピュタのその後が描かれた小説版については天空の城ラピュタの幻のエンディングは本当?で、ムスカの名セリフはラピュタのムスカ「3分間待ってやる」はなぜ?で扱っています。
参考
- 天空の城ラピュタ — Wikipedia — https://ja.wikipedia.org/wiki/天空の城ラピュタ
- Gulliver’s Travels(Jonathan Swift、Project Gutenberg) — https://www.gutenberg.org/cache/epub/829/pg829.txt
- Castle in the Sky — Wikipedia — https://en.wikipedia.org/wiki/Castle_in_the_Sky


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