『崖の上のポニョ』の宗介は、5歳の男の子です。保育園の「ひまわり園」に通い、崖の上の一軒家で母のリサと暮らしています。父の耕一は貨物船の船長で、家を空けることが多い設定です。
宗介は、母を「リサ」、父を「耕一」と名前で呼びます。初めて観た人がまず引っかかるのがここでしょう。作中で理由は語られませんが、両親もそれを当たり前として受け止めていて、名前で呼ばれても気にする様子はありません。
この記事では、宗介の年齢と家族の設定、両親を名前で呼ぶ理由の読み方、モデルと報じられた人物、名前の由来、そしてポニョと結ばれたラストのその後を整理します。
宗介は何歳なのか
宗介はポニョと同じ5歳で、作品紹介でも「心優しい5歳の少年」とされています。保育園なら年中から年長にあたる年齢です。
家族の年齢も設定されています。
| 人物 | 年齢 | 宗介からの呼び方 | 仕事 |
|---|---|---|---|
| 宗介 | 5歳 | ― | 保育園「ひまわり園」に通う |
| リサ(母) | 25歳 | リサ | 保育園の隣の、お年寄りが通うデイケア施設「ひまわりの家」で働く |
| 耕一(父) | 30歳 | 耕一 | 貨物船「小金井丸」の船長 |
リサは25歳なので、20歳のころに宗介を産んだことになります。親子というより、少し年の離れたきょうだいのような距離の近さ。その近さが呼び方にも出ている、と僕は読んでいます。
宗介は、5歳にしては物知りな子として描かれます。古代の魚の名前を言えて、父の船に向けてライトでモールス信号も送れる。その一方で、海に金魚はいないことを知らないなど、知識にかたよりもあります。大人びたところと幼いところが同じ子の中にあるのが、宗介という人物です。
宗介はなぜ両親を名前で呼ぶのか
作中にも公式の資料にも、宗介が両親を名前で呼ぶ理由を説明した言葉はありません。ここからは、親子のやり取りの描き方から読める答えです。
リサが宗介を一人前として扱っている
リサは宗介を、守るだけの小さな子として見ていません。嵐の夜に家を空けるときは、宗介に留守を任せます。宗介がポニョを連れてきたときも、取り上げたりせず、話をそのまま聞きます。
宗介のほうも、リサの言うことに従うだけではありません。自分で考えて動き、困ったときもリサに頼りきりにはなりません。親が子を一人の人として扱い、子もそれに応えています。名前で呼び合う親子は、その関係をいちばん分かりやすく見せる形です。
父の耕一とも対等に話す
父の耕一とのやり取りも同じです。船で沖を通る耕一に、宗介はリサと一緒にライトで信号を送ります。家に帰れないと伝えてきた耕一に、リサは怒ってライトで文句を打ち返しました。その横で宗介も、父を「耕一」と呼んでいます。
親が子を叱って言うことを聞かせる場面より、親子で同じ目線に立って話す場面のほうが多い家族として描かれています。
死後の世界説での読み方
名前で呼ぶことは、ポニョの「死後の世界説」の根拠として挙げられることもあります。親子の縁が切れているしるしだ、という読み方です。この説と、作中の描写から見た答えは、ポニョの死後の世界説は本当?の中で詳しく検証しています。
宗介のモデルは誰なのか
宗介のモデルについて、宮崎駿監督は公式には明言していません。ただ、映画の制作中だった2007年に、長男の宮崎吾朗さんがモデルだと報じられたことがあります。
J-CASTニュースは2007年3月、5歳の宗介は吾朗さんがモデルとされる、という見方を伝えました。記事はスポーツニッポンの報道として、吾朗さんの監督デビューを受けた宮崎監督の次の言葉も紹介しています。
こんなことになったのは吾朗が5歳の時、仕事ばかりで付き合っていなかったからだ
吾朗さんは前の年の2006年に『ゲド戦記』で監督デビューしていました。報道は、宮崎監督が息子の監督デビューを複雑な思いで受け止め、5歳のころの息子にきちんと向き合えなかったことへの思いを作品に込めた、という筋立てです。
ここで注意したいのは、これが新聞の報道と、それを受けた見方だという点です。宮崎監督が映画の中の宗介を指して「吾朗だ」と言ったわけではありません。宗介の父の耕一が仕事で家にいない設定は、報道の筋立てとよく重なります。ただ、それをモデルと言い切れるかどうかは、公式が明言していない部分です。
宗介という名前の由来は何か
宗介の名前は、夏目漱石の小説『門』の主人公「野中宗助」から取られたとされています。プロデューサーの鈴木敏夫さんが対談で明かし、映画の公式サイトでも紹介されました。
『門』の宗助は、崖の下の家にひっそりと暮らす男です。一方のポニョの宗介は、崖の「上」の家に住んでいます。崖の下で人目を避けて暮らす大人と、崖の上から海を見渡して暮らす子ども。同じ名前でも、住む場所も生き方も正反対になっています。
映画のタイトル『崖の上のポニョ』の「崖の上」は、宗介の家のことです。名前と家の場所だけを見ても、崖の下の暗い暮らしを、崖の上の明るい暮らしに置き換えたように読めます。漱石の小説への、ちょっとした遊び心と受け取ることもできるでしょう。
宗介とポニョはその後どうなったのか
映画は、宗介がポニョにキスをし、ポニョが人間の女の子になったところで終わります。2人がその後どう暮らしたのかは、映画では描かれていません。
宗介に課された「条件」
ポニョが人間になるには、条件がありました。ポニョの母グランマンマーレによると、宗介の気持ちが揺らがないことです。揺らげば、ポニョは泡になってしまいます。グランマンマーレは宗介に会い、ポニョを心から好きでいるかを確かめました。
5歳の子どもには重い約束です。それでも宗介は迷いませんでした。ポニョの父フジモトも、最後には宗介に「ポニョをよろしく頼む」と娘の今後を任せています。グランマンマーレが何者で、なぜこの条件を出したのかは、グランマンマーレの正体は巨大なアンコウで整理しています。
その後をどう読むか
ポニョは魔法を失い、宗介と同じ年の人間の女の子になりました。2人が町で一緒に暮らす場面までは描かれていません。
宗介の気持ちが揺らいだら、あとからでもポニョは泡になるのか。この条件にいつまでという期限があるのかは、作中では語られていません。映画は2人が結ばれた場面で終わるので、心変わりして泡になる未来は描かれていない、というのが作中から言えることです。
宗介が「揺らがない」約束をしたのは5歳のときです。大人になるまでその気持ちが続くのか、映画は答えを出していません。僕は、この映画が描きたかったのは「その後」ではなく、5歳の子が本気で誰かを守ると決めた瞬間そのものだと考えています。両親を名前で呼び、一人前として扱われてきた宗介だからこそ、大人に任せずに自分で約束できた。そう読むと、名前で呼ぶ設定とラストの約束が一本の線でつながります。
まとめ
- 宗介は5歳。母リサは25歳、父の耕一は30歳で貨物船の船長
- 両親を名前で呼ぶ理由は作中で語られない。リサが宗介を一人前として扱う親子の距離が、呼び方に出ていると読める
- モデルは長男の宮崎吾朗さんだと2007年に報じられたが、宮崎監督が公式に明かしたわけではない
- 名前は夏目漱石の『門』の主人公「宗助」から。崖の下に住む宗助に対し、宗介は崖の上に住む
- ポニョが人間になる条件は宗介の気持ちが揺らがないこと。2人のその後は描かれていない
ジブリ作品の世界を形にした場所が気になる人は、ジブリパークのチケット7種類の違いも参考になります。
参考
- 崖の上のポニョ 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/ponyo/
- 崖の上のポニョ — Wikipedia(登場人物・あらすじ) — https://ja.wikipedia.org/wiki/崖の上のポニョ
- 宮崎駿監督 新作で息子を再教育(J-CAST ニュース 2007年3月20日) — https://www.j-cast.com/2007/03/20006310.html


コメント