グランマンマーレは、海そのものをつかさどる女神です。公式の設定では「海なる母」とされ、宮﨑駿監督は正体について、本当は巨大なアンコウなのだとスタッフに話していたと明かしています。
つまり彼女は、フジモトの妻でポニョの母というだけの存在ではありません。人間が拝む側の相手であり、ポニョを人間にするかどうかを一人で決められる立場にいます。
この記事では、公式の設定と監督の発言、作中の描写から、グランマンマーレが何者なのか、怖いと言われる理由は何か、終盤で彼女が何をしたのかに順に答えます。
グランマンマーレは何者なのか
海の女神です。名前の呼び方からして、普通のキャラクターとは扱いが違います。
公式の設定では「海なる母」とされ、海全体を見守る神のような存在です。設定では歳を取らず、美しい姿のまま変わりません。声を担当したのは天海祐希。
劇中では、嵐の海で光り輝く彼女の姿を見た船の乗組員たちが、「観音様」と呼びます。人間の側から見れば、もう完全に信仰の対象です。
正体はアンコウなのか
そうです。ただし、画面には一度も出てきません。
宮﨑駿監督は、渋谷陽一によるインタビューで、こう語っています。
あのお母さんだって本当は巨大なアンコウなんだとかね。そういうことは、スタッフの中で話してたんですよ
出典は『続・風の帰る場所』(ロッキング・オン)です。
面白いのは、そのあとの説明です。監督は理由も語っています。差し渡し1キロのアンコウを出しても、画面にどう入れていいか分からない。だから人間の姿も取れて、大きさは自由自在という設定にしたそうです。
つまり、あの美しい女性の姿は「本当の姿」ではありません。深海の巨大なアンコウが、人間に見せるために選んだ形です。娘のポニョが魚の姿から始まることを思えば、母親も魚だったというのは筋が通っています。
なぜ怖いと言われるのか
優しい母として描かれているのに、怖かったという声が目立ちます。理由は3つに分けられます。
| 怖く見える点 | 作中での描き方 |
|---|---|
| 大きさが決まっていない | 人間と同じ背丈でリサと話す場面もあれば、大型船を見下ろす大きさで現れる場面もある |
| 人間が拝む相手である | 嵐の海で光り輝く姿を見せ、船の上から拝まれる |
| 穏やかなまま重い話をする | ポニョが泡になるかもしれないという条件を、表情を変えずに告げる |
いちばん効いているのが3つ目でしょう。彼女は怒らず、脅さず、声を荒らげません。それでいて、娘が消えるかもしれない決まりを淡々と説明します。
人間の物差しでいえば、母親なら取り乱すはずの場面です。そこで取り乱さないから、観ている側は「この人は人間ではない」と気づかされます。僕は、この落差が怖さの正体だと考えています。
体の描き方も独特です。裾が海に溶けたまま進んでいくので、どこまでが体でどこからが海なのか分かりません。海そのものが人の形を取っているようにも見えます。
フジモトとはどういう関係なのか
夫婦です。ただし、人間に対する態度は正反対です。
フジモトは元は人間で、人類の破壊性に愛想を尽かして海の側に移った魔法使いです。ポニョが人間に近づくことには、長く反対の立場を取っていました。
一方のグランマンマーレは、ポニョが人間に興味を持つことを認めます。ポニョからも慕われている母親です。海の秩序を守る側でありながら、娘が人間になる道を閉ざしません。
この夫婦の温度差が、終盤の展開を作ります。フジモトはポニョを海へ連れ戻そうとします。それなら人間にしてしまえばいい、と切り出すのは母親のほうです。最後にはフジモトも考えを改め、ポニョを宗介に託します。
子どもの数も普通ではありません。ポニョには百匹近い妹がいて、群れになって海を泳ぎます。一人娘の去就を悩む家族ではなく、海の生きものをまとめて産み育てる側の存在だと分かります。
ポニョの本名ブリュンヒルデとは何か
ポニョという名前は、宗介が付けた呼び名です。海の側での本名は別にあります。ブリュンヒルデといいます。
冒頭でフジモトにその名で呼ばれたとき、ポニョは「ポニョだもん」と言い返します。自分で選んだ名前のほうを取る場面です。人間になるという選択は、この最初のやり取りから始まっています。
ブリュンヒルデは、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に出てくる女戦士の名前です。主神の娘でありながら人間に味方し、父に背いた罰として神の力を奪われる役どころ。ポニョがたどる筋道と重なっています。
ポニョが人間になる条件は何だったのか
条件は2つでした。ポニョが魔法の力を捨てること。そして宗介の気持ちが変わらないことです。
グランマンマーレは、海に沈んだ町で宗介に直接たずねます。ポニョが魚だったことを知っても好きでいられるか、と。宗介が迷わず答えたことで、条件は満たされました。
もし宗介の心が揺らげば、ポニョは泡になる。この「泡になる」という言葉は、アンデルセンの『人魚姫』の結末と重なります。僕は、この一言が作品全体をひやりとさせていると思っています。
魔法を捨てるという条件にも意味があります。ポニョが魔法を使ったせいで海はあふれ、町は水の底に沈み、世界の均衡が崩れていました。娘に人間の暮らしを許すことと、世界を元に戻すことが、ひとつの決断につながっています。
最後に世界を戻したのは誰なのか
グランマンマーレです。彼女が魔法をかけ、ポニョが人間になったことで、海の異変は収まります。
ここで見落とされやすいのが、彼女が終始おだやかなままだったことです。世界がひっくり返りかけた原因は自分の娘なのに、責める場面がありません。リサとも、母親同士として静かに話をします。
死んでしまったのではないか、という読み方もあります。作中にそう受け取れる描写はありません。彼女は海に帰り、海はもとの高さに戻りました。
姿を消すのが早いので、去り際が分かりにくいのは確かです。とはいえ、この作品で彼女が担っていたのは、ポニョの行く先を決めて海を落ち着かせるところまで。役目を終えれば画面から消えるのは、神として描かれた存在の当然の退き方でしょう。
ジブリには、こうして正体を説明されないまま去っていく存在が何人もいます。千と千尋の神隠しのカオナシについてはカオナシの正体は何者?千を欲しがった理由を宮崎駿の言葉から考えるで扱いました。
まとめ
- グランマンマーレは海の女神。公式の設定では「海なる母」とされ、船の乗組員からは観音様と呼ばれる
- 宮﨑駿監督は『続・風の帰る場所』のインタビューで、正体は巨大なアンコウだとスタッフに話していたと明かしている
- 人間の姿も取れて、大きさは自由に変えられる設定
- 怖く見えるのは、娘が泡になるかもしれない条件を、表情を変えずに告げるから
- 終盤でポニョを人間にする魔法をかけ、海の異変を収めたのも彼女。死んだと読める描写はない
ポニョをもう一度スクリーンで観たい人は、ジブリは今映画館でやってる?次の上映は10月23日からで今後の上映予定を確かめてください。
参考
- 崖の上のポニョ 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/ponyo/
- 『続・風の帰る場所 映画監督・宮﨑駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか』(ロッキング・オン、渋谷陽一によるインタビュー)
- ポニョの母「グランマンマーレ」の正体を知ってる? 宮﨑駿監督が明かしていた(BuzzFeed Japan。上のインタビューの引用元) — https://www.buzzfeed.com/jp/keitoarai/ponyo-granmanmare-identity
- 崖の上のポニョ — Wikipedia(グランマンマーレの設定・終盤の流れ) — https://ja.wikipedia.org/wiki/崖の上のポニョ

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