釜爺のセリフは「愛じゃよ」ではなく、「わからんか。愛だ、愛」です。ハクを助けるために銭婆のところへ行くと決めた千尋を見て、事情が飲み込めないリンに、釜爺がこう答えました。
「愛じゃよ」と覚えている人も多いセリフです。そう覚えられやすい理由も、あとで整理します。
この記事では、このセリフが出る場面、釜爺が「愛」と呼んだものの中身、「愛じゃよ」と覚えられやすい理由、釜爺が千尋に片道の切符を渡した意味を整理します。
「愛だ、愛」はどの場面のセリフか
物語の終盤、ボイラー室の場面です。
ハクは湯婆婆の命令で、銭婆から魔女の契約印を盗み出しました。その罰として銭婆の魔法で深い傷を負い、竜の姿のまま釜爺のボイラー室に落ちてきます。千尋が川の神からもらった苦団子を飲ませると、ハクは契約印を吐き出して人の姿に戻りました。ただ、目を覚ましません。
千尋は、契約印を銭婆に返して、ハクのことを謝ろうと決めます。相手は、ハクに大けがを負わせた魔女です。それでも千尋は行くと言い、釜爺に銭婆の居場所を尋ねました。
そこへ駆けつけたリンは、何が起きているのか分かりません。「何がどうしたの?」と聞くリンに、釜爺が答えます。
わからんか。愛だ、愛
リンが分からないのも無理はありません。千尋とハクのあいだに何があったのか、リンはほとんど知らないからです。釜爺のほうは、ハクの事情も千尋の決心も、目の前で見ていました。
釜爺は何を「愛」と呼んだのか
釜爺が「愛」と呼んだのは、千尋が自分から危ない場所へ行こうとしている、その気持ちです。
千尋がハクのために動いても、得になることは何もありません。湯婆婆との契約で決められた仕事でも、誰かに命令されたことでもありません。行けば戻れるかどうかも分からないのに、ハクを助けたい一心で行くと言っています。
釜爺は、その理由を長々と説明しませんでした。損得でも義理でも説明がつかない行動を、一言で言い表した言葉が「愛」です。
ここでいう「愛」は、恋人どうしの恋愛だけを指すものではないと、僕は受け取っています。千尋はまだ10歳です。ハクを好きだという気持ちはあっても、それは「この人を失いたくない」という、もっと広い思いでしょう。釜爺の「愛」は、その思いをまるごと指した言葉に聞こえます。
宮崎駿(宮﨑駿)監督は公開前の企画書で、追い込まれた千尋が、もともと持っていた力を表に出していく話だと書いています。誰かのために迷わず動く力も、その一つと読めるでしょう。企画書のねらいと「愛だ」のつながりは、千と千尋の神隠しは結局何を伝えたい話?で詳しく整理しています。
なぜ「愛じゃよ」と覚えられているのか
映画のセリフは「愛だ」で、「じゃ」は入っていません。それでも「愛じゃよ」と覚えられやすいのは、釜爺の姿が昔話のおじいさんと重なるからだと考えられます。
釜爺は、黒い眼鏡をかけた老人です。自分のことを「わし」と呼び、言葉づかいもぶっきらぼう。日本のアニメや昔話では、こうしたおじいさんは「〜じゃよ」と話すのが定番です。観た人の記憶の中で、語尾がそちらに寄っていったのでしょう。
ただ、映画の「愛だ、愛」には「愛じゃよ」にない短さがあります。説明する気がなく、照れ隠しのように言い捨てる響き。僕は、この言い方だからこそ、釜爺の不器用な優しさが伝わると考えています。「愛じゃよ」だと、物知りの老人が教えさとすような、少し落ち着いた言葉に変わってしまいます。
声を担当したのは、俳優の菅原文太です。低く乾いた声で、感情を込めすぎずに言うので、「愛」という大きな言葉が説教くさくなりません。
釜爺はなぜ千尋に片道の切符を渡したのか
「愛だ、愛」と言ったあと、釜爺は千尋を止めずに、電車の切符を渡しました。40年前に自分が使い残した切符です。銭婆の住む「沼の底」へは、電車で行くことになります。
ただし、この電車には戻りの便がありません。釜爺の話では、昔は帰りの電車もあったものの、今は行ったきりになっているといいます。釜爺は、千尋が無事に帰れる保証がないことを分かったうえで、それでも切符を渡しました。
釜爺は、ハクが油屋に来たときのことも知っています。ハクも千尋と同じように突然やってきて、湯婆婆の弟子になりたいと頼みました。釜爺は「魔女の弟子など、ろくな事はない」と反対しましたが、ハクは聞き入れませんでした。
ハクは魔女の力を求めて湯婆婆のもとへ行き、そこで自分を見失いました。千尋が魔女のもとへ向かう理由は逆で、自分のためではなくハクのためです。釜爺が今回は止めなかったのは、この違いを見ていたからだと僕は読んでいます。見失ったハクを取り戻せるのは、自分のためでなくハクのために動ける千尋だけ。釜爺は「愛だ」と口にしたとき、千尋にしかできないことがあると分かっていたのでしょう。
口の悪い釜爺が、なぜ「愛」と口にしたのか
振り返ると、釜爺は物語の最初から、口では突き放しながら千尋を助けています。
千尋がボイラー室に初めて来たとき、釜爺は、人手は足りていると冷たく突き放しました。それでも、人間の子がいると騒ぐリンには「わしの孫だ」とうそをついてかばい、湯婆婆のところへ行けるよう手配しています。
その後も、釜爺の手助けは続きます。腐れ神の客が来たときは、高価な薬湯を惜しまず出しました。傷ついたハクの手当てをしたのも釜爺です。
口が悪く、優しさを言葉にしないのが釜爺です。そんな釜爺が、千尋の行動だけは「愛だ」とはっきり言い表しました。照れくさい言葉をあえて口にしたのは、それだけ千尋の決心に心を動かされたからでしょう。
千尋の行動はその後どう実を結んだのか
釜爺に送り出された千尋は、電車で銭婆の家にたどり着き、契約印を返してハクのことを謝ります。銭婆は千尋を責めず、ハクがしたことも許しました。
その帰り道、千尋を迎えに来たのは、目を覚ました竜の姿のハクです。ハクの背中に乗って空を飛ぶうちに、千尋は幼いころに川に落ちた記憶を思い出します。その川の名前が、ハクの本当の名前でした。名前を取り戻したハクは、湯婆婆の支配から抜け出します。
釜爺が「愛」と呼んだ千尋の行動は、ハクを救う結果につながりました。行ったきりの電車に乗った千尋は、ハクの背中に乗って戻ってきます。釜爺が渡した片道の切符は、結果として帰り道まで用意したことになりました。
釜爺が何者なのか、手が6本ある理由などは、釜爺の正体は何者?で整理しています。
まとめ
- 正しいセリフは「わからんか。愛だ、愛」。「愛じゃよ」ではない
- ハクを助けるために銭婆のもとへ行くと決めた千尋を見て、事情の飲み込めないリンに釜爺が答えた言葉
- 「愛」は、損得も契約もなしにハクのために危ない場所へ行こうとする千尋の気持ちを指している
- 「愛じゃよ」と覚えられやすいのは、昔話のおじいさんの話し方と釜爺の姿が結びつきやすいからと考えられる
- 釜爺は、戻りの電車がないと知りながら、40年前の切符を千尋に渡して送り出した
ハクの正体と本当の名前は千と千尋のハクの正体は?で整理しています。ジブリの世界を形にした場所が気になる人は、ジブリパークのチケット7種類の違いも参考になります。
参考
- 千と千尋の神隠し 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/chihiro/
- 千と千尋の神隠し — Wikipedia(登場人物・あらすじ) — https://ja.wikipedia.org/wiki/千と千尋の神隠し
- 宮崎駿『折り返し点 1997〜2008』(岩波書店・2008年) — https://www.iwanami.co.jp/book/b264078.html
- 釜爺「わからんか。愛だ、愛」(映画スクエア) — https://www.eiga-square.jp/title/sen_to_chihiro_no_kamikakushi/quotes/12

コメント