『風立ちぬ』の評価が分かれる一番の理由は、戦闘機を設計した人を「夢に力を尽くした人」として描き、戦争の場面をほとんど出さなかったからです。ここに喫煙描写への抗議と、主人公の声への反発が重なりました。
観たあとで「感動した」と言う人と「乗れなかった」と言う人が、同じ映画を指して話している。そういう状態が公開当時から続いています。
この記事では、評価が分かれる理由を3つに分けて整理します。子ども向けではないと言われる理由、それでも高く評価されている点、どう観ると腑に落ちるかも順に説明します。
評価が分かれているのは気のせいではない
数字の上では、この映画は大成功しています。興行収入は120.2億円で、2013年の日本映画で1位。観客動員は969万人にのぼりました。
それでいて、感想の場では賛否がはっきり割れます。公開直後の対談で批評家の東浩紀は、二郎に葛藤がないことを挙げて「ちょっと共感しがたい」と話しました。僕は、この「主人公に乗れない」が賛否の中心にあると見ています。
これだけ売れた作品なら評判もそろうのがふつうですが、この映画では数字と感想が別々に動きました。
理由1: 零戦を作った人が主人公なのに、戦争の場面がほとんどない
主人公の堀越二郎は実在の航空技術者で、零戦(ゼロ戦)を設計した人物です。その人の半生を追いながら、映画は空襲や戦闘をほとんど映しません。
描かれるのは、飛行機の形を考える時間と、菜穂子との日々です。設計した機体が何に使われ、誰を殺したのか。そこに画面が向かう時間はごくわずかです。
宮崎駿監督は、公開時の日本経済新聞のインタビューでこう語っています。
その時代に自分の志にまっすぐ生きた人がいたということだった
監督は同じ記事で、「一生懸命やった人たちのことを描く覚悟をした」とも話しています。戦争の是非を採点するのではなく、その中で力を尽くした人を描く。そう決めたうえで作られた映画です。
戦争を批判する映画として観たい人には、批判が足りないように見える。兵器づくりの物語として観たい人には、肝心の飛行機の話が少なく見える。どちらの側からも、踏み込みが足りないと言われました。この決め方が、賛否の分かれ目です。
監督自身、自分の中の矛盾を隠していません。同じインタビューで「武器や鎧などそういうものに他人の3倍ぐらい興味がある」と認めたうえで、「矛盾のない人間はたぶんつまらない人だ」と話しています。
理由2: 病気の妻の隣でたばこを吸う場面
作品の外側でも論争が起きました。2013年8月12日、日本禁煙学会がスタジオジブリに要望書を出し、その内容を自分たちのサイトで公開しています。
学会は、教室や職場、リゾートホテルのレストランなど、喫煙が出てくる場面を並べて挙げています。とくに報じられたのが次の2つでした。肺結核で寝込む妻の手を握りながら二郎がたばこを吸う場面と、学生がたばこを友人にせがむ場面。前者については「他の方法でも十分表現できたはず」と述べ、子どもが観に来る作品であることを理由に配慮を求めました。
この要望には、批判の声が集まりました。学会には「表現の自由だ」という苦情が寄せられています。禁煙に賛成の立場の人からも、戦前を描いた映画に文句をつけるのはやりすぎだ、という声が出ました。
注意したいのは、ここで争われたのが映画の出来ではないことです。描き方への抗議と、それへの反発。作品そのものとは別の議論が公開中に重なり、映画の評判とひとまとめに語られるようになりました。
理由3: 主人公の声が専門の声優ではない
二郎の声を担当したのは、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督です。声の演技に戸惑ったという感想は、公開当時から賛否の的になりました。
もともと庵野監督は、零戦が飛ぶ場面があるなら作画で参加させてほしい、と申し出ていました。それに対して宮崎監督は、絵ではなく主人公の声として出てほしいと求めます。
起用を発表した2013年5月の会見で、宮崎監督は本人にこう伝えたと明かしました。
うまくやろうとしなくていい。いい声だからでなく、存在感で選んだのだからそれを出さなくてはならない
上手さを求めていないと、選んだ側が先に言っています。聞き慣れない声は、狙って選ばれたものです。起用の経緯と監督の考えは風立ちぬの声はなぜ庵野秀明?に詳しくまとめました。
そもそもジブリが専門の声優をあまり使わない理由については、ジブリはなぜ声優を使わない?で扱っています。
なぜ子ども向けではないと言われるのか
上映時間は約126分。結核の療養所が出てきて、人が死にます。キャッチコピーは「生きねば。」でした。『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』を思い浮かべて席に着いた人には、別の種類の映画に見えたはずです。
この手触りは、話の出どころから来ています。タイトルの『風立ちぬ』は堀辰雄の小説から取られ、映画は実在の堀越二郎の人生とこの小説を合わせて作られました。製作発表のポスターには、2人の名を挙げて「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記されています。
宮崎監督は企画書で、2人を「ごちゃまぜにして、ひとりの主人公に仕立てている」と説明しました。日本経済新聞のインタビューでは「堀越二郎の内面はおのずと堀辰雄になっていった」とも語っています。技術者の外側に、文学者の内面が入っているわけです。
子ども向けの作品を期待していたかどうかで、受け取り方は最初から分かれました。
それでも高く評価されている点
国際的な評価は、国内の賛否とは食い違います。
- ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品
- アメリカのアカデミー賞で長編アニメーション部門にノミネート
- ニューヨーク映画批評家協会賞で最優秀アニメーション賞を受賞
さらに、この作品には特別な事情が重なりました。2013年9月1日、ヴェネツィア国際映画祭の場で、スタジオジブリの星野康二社長が宮崎監督の引退の意向を公表します。以後この映画は「宮崎駿の最後の長編」として観られました。
引退作という見方は、評価を両方向に振ります。集大成として受け取る人もいれば、最後がこれなのかと落胆する人もいる。作品の中身とは別のところで、期待の重さが上乗せされました。
どう観ると腑に落ちるか
この映画を「反戦映画か、戦争を美化した映画か」の二択で観ると、答えは出ません。どちらとも読めるように作られているからです。
僕は、この映画を「同居の話」として読んでいます。美しいものを作りたい気持ちと、それが人を殺す道具になること。その2つが同じ人の中に並んでいます。二郎は最後まで悩みを口にしません。代わりに、病に倒れる妻と、崩れていく国の様子が、その重さを画面で受け持っています。
監督が「矛盾のない人間はたぶんつまらない人だ」と言ったとおりです。主人公を裁かない代わりに、答えは観た人に預けられました。観たあとに残るもやもやは、何かを見落としたから出てくるのではありません。映画の側が言い切っていないからです。
ジブリ作品が自分に合わないと感じたときの考え方は、ジブリの良さがわからないのは自分だけ?にもまとめました。
まとめ
- 『風立ちぬ』の評価が分かれる理由は、零戦を設計した人を描きながら戦争の場面をほとんど出さないこと、喫煙描写への抗議、専門の声優ではない主人公の声の3つ
- 宮崎駿監督は「その時代に自分の志にまっすぐ生きた人がいたということだった」と語り、戦争の是非ではなく力を尽くした人を描くと決めていた
- 2013年8月12日に日本禁煙学会が要望書を出し、その要望への反発も含めて作品の評判に混ざった
- 堀辰雄の小説と堀越二郎の人生を合わせた約126分の物語で、子ども向けの作品を期待した人とは受け取り方が分かれた
- ヴェネツィア国際映画祭に出品され、アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネート。興行収入は120.2億円で2013年の日本映画1位
評価が割れた作品としては、ゲド戦記はなぜひどいと言われる?と借りぐらしのアリエッティはつまらない?も近い形です。もう一度スクリーンで観たい人は、ジブリは今映画館でやってる?で上映の予定を確かめてください。
参考
- 風立ちぬ 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/kazetachinu/
- 宮崎駿「時代が僕に追いついた」「風立ちぬ」公開(日本経済新聞・2013年7月27日) — https://www.nikkei.com/article/DGXNZO57782960W3A720C1000000/
- 映画「風立ちぬ」でのタバコの扱いについて(要望と見解)(日本禁煙学会・2013年8月) — http://www.nosmoke55.jp/action/1308kazetatinu.html
- 宮崎駿監督最新作『風立ちぬ』、主人公の声を庵野秀明が担当(マイナビニュース・2013年5月10日) — https://news.mynavi.jp/article/20130510-a177/
- 宮崎駿監督が引退表明、長編アニメから(映画.com・2013年9月1日) — https://eiga.com/news/20130901/14/

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