思い出のマーニーは結局どういう話?意味わからない理由と正体を整理

『思い出のマーニー』は、幼い頃に亡くした祖母の思い出を杏奈がたどり直し、「自分は愛されていた」と知る話です。金髪の少女マーニーの正体は、杏奈の祖母の少女時代。幽霊でも、ただの空想でもなく、幼い杏奈が祖母から聞かされた思い出が形をとったものです。

一度観ただけでは分かりにくい映画だと思います。マーニーが誰なのかは最後の数分でしか明かされませんし、途中には夜の屋敷やサイロなど怖い場面も多く、「ホラーなのか」と戸惑う人もいます。知恵袋には「何回みても意味がわかりません」という相談が2024年にも投稿されています。

この記事では、何が起きていたのかを疑問の順に整理します。マーニーは何者か、杏奈が見たものは幽霊か想像か、話の時系列、なぜ怖く見えるのか、そして結局この映画は何を描きたかったのか。順に読めば、あの夏の出来事の全体像がつながるはずです。

マーニーの正体は誰なのか

マーニーは、杏奈の母方の祖母です。映画の終盤、頼子が古いアルバムから一枚の写真を取り出します。杏奈が引き取られたときに握りしめていた写真で、湿っ地屋敷が写り、裏に「私の大好きな家 マーニー」と書かれていました。ここで二人のつながりがはっきりします。

杏奈が出会っていたのは、祖母の「少女時代」です。だから金髪で、杏奈と同じくらいの年に見えます。屋敷での舞踏会、サイロでの怖い体験、ばあやたちに怖がらせられた話は、すべてマーニー自身が子どもの頃に経験したことでした。

なぜ祖母の子ども時代を杏奈が知っているのか。答えは映画の最後で、画家の久子が語る身の上話と、杏奈自身の記憶の回復で示されます。マーニーは晩年に孫の杏奈を引き取り、亡くなるまでの1年ほど、屋敷での思い出を語り聞かせていました。杏奈はそれを覚えていないつもりでしたが、記憶の底には残っていました。北海道の湿っ地屋敷を見た瞬間に、その記憶が動き出したのです。

杏奈が見たマーニーは幽霊?それとも想像?

映画は「幽霊です」とも「全部想像です」とも言い切りません。ただ、描かれていることを並べると、答えの方向ははっきりします。

まず、マーニーが杏奈以外の人と一緒にいる場面は描かれません。マーニーと会ったあとの杏奈は、いつも屋敷の近くで一人で眠っていたり、ボートの中で目を覚ましたりします。マーニーとの時間は、現実の時間とは別の場所で進んでいます。

一方で、マーニーが語る出来事は、屋敷に引っ越してきた彩香が見つける日記や、久子の話と一致します。杏奈がまったくの空想で作り上げたものなら、こうは重なりません。

米林宏昌監督は取材で、マーニーについて「実在するような少女ではなく、心の中から出てきた存在」と話しています。僕はこの言葉が一番しっくりきます。幼い頃に聞いた祖母の思い出が、杏奈の心の中で少女の姿をとって現れた。幽霊のように外から来たのではなく、想像のように勝手に作ったのでもありません。杏奈の中に眠っていた「本当にあったこと」です。

話の時系列はどうなっているのか

映画は杏奈の夏休みの順に進みますが、マーニーの人生は久子の語りと日記で断片的に出てきます。並べ直すと、次のようになります。

順番出来事
1マーニーが湿っ地屋敷で生まれ育つ。両親は不在がちで、ばあやと女中に怖がらせられる
2幼なじみの和彦と結婚し、娘の絵美里が生まれる
3和彦が病気で亡くなる。マーニーは心を病み、絵美里は寄宿学校へ。母娘の心は離れる
4絵美里が結婚して杏奈を産む。しかし夫婦そろって交通事故で亡くなる
5マーニーが孫の杏奈を引き取る。屋敷の思い出を語って聞かせるが、1年ほどで病気で亡くなる
6杏奈は頼子に引き取られ、札幌で育つ
712歳の夏、療養のため北海道の海辺の町へ。湿っ地屋敷でマーニーと出会う

杏奈が見た場面の多くは、表の1の時期に当たります。舞踏会は両親がいた頃の華やかな夜、サイロは少女マーニーが怖い思いをした場所です。ただしマーニーが許しを求め、杏奈が許すやり取りだけは別で、幼い杏奈を残して亡くなった5の時期の後悔と重なって見えます。僕はそう読んでいます。

つまり杏奈は、祖母の人生を「友達として一緒に体験し直していた」ことになります。マーニーが杏奈に「大好き」と繰り返すのは、少女どうしの言葉であると同時に、祖母から孫への言葉でもあります。

なぜ意味がわからない・怖いと感じるのか

知恵袋などの感想には「ジブリなのに怖かった」という声が目立ちます。怖く見えるのは、映画が答えを最後まで隠す作りだからです。

前半のマーニーは夜の屋敷にだけ現れ、二人のことは「秘密」だと言うのです。杏奈がマーニーのことを誰にも言えない状況も重なって、観ている側は「この子は何者なのか」と不安になります。サイロの場面で杏奈が置き去りにされたときは、マーニーが杏奈を裏切ったようにも映るでしょう。

しかしサイロの場面は、幼いマーニーが和彦に助けられるまで一人で怖い夜を過ごした、という思い出の再現です。杏奈は取り残されたのではなく、祖母の一番つらかった記憶を追体験していました。後から分かると、怖い場面ほど意味が変わります。

この映画は、最初に観たときと、正体を知ってから観たときで別の顔をします。怖さは正体を隠す作りから生まれたもので、それが「意味がわからない」と感じる理由にもなっています。

結局、何を描きたかった映画なのか

杏奈はなぜ心を閉ざしていたのか

マーニーの正体と並んで分かりにくいのが、冒頭の杏奈の態度です。学校では絵ばかり描き、育ての親の頼子にも心を開きません。

理由は途中で明かされます。杏奈は、頼子が自分を育てるために自治体から補助金を受け取っていることを知り、「お金のために育てられている」と受け取っていました。両親を亡くし、祖母も亡くし、誰にも本当には愛されていない。そう思い込んで、自分から周りを遠ざけていたのです。

だからこそ、マーニーとの出会いが効いてきます。マーニーは杏奈を選び、「大好き」と言い、何も求めません。その相手が実は自分を育ててくれた祖母だったと分かったとき、杏奈は「自分は最初から愛されていた」と受け取り直します。ラストで頼子は補助金のことを打ち明けます。杏奈が久子に頼子を「母です」と紹介する場面は、その変化の締めくくりです。

杏奈が取り戻したのは何だったのか

一言でいえば、この映画は「愛されていたことを思い出す話」です。

杏奈の問題は、両親や祖母を失ったこと自体よりも、失ったあとに「自分は愛されていない」と決めてしまったことにあります。マーニーとの夏は、その決めつけを一つずつほどいていく時間でした。マーニーとの夏を通して、杏奈は祖母がどんな人で、どれだけ自分を大事にしていたかを、知識ではなく体験として取り戻します。

米林監督は杏奈の心の中を、「自己嫌悪と自己愛のせめぎ合いは、男の子でも女の子でも、ある時期には誰もが持つ感情」と説明しています。マーニーの正体という謎解きは入り口で、本当に描いているのはこの心の動きです。

ちなみに原作はイギリスの作家ジョーン・G・ロビンソンが1967年に発表した児童文学で、舞台はイングランドの海辺の村でした。映画は舞台を北海道に移していますが、少女が祖母の思い出と出会い直すという骨組みは同じです。

まとめ

  • マーニーの正体は、杏奈の祖母の少女時代。杏奈が幼い頃に聞かされた思い出が、少女の姿で現れたもの
  • 幽霊でも空想でもなく、杏奈の中に残っていた「本当にあったこと」。監督は「心の中から出てきた存在」と話している
  • 怖く見えるのは、映画が正体を最後まで隠す作りだから。サイロの場面は祖母のつらい記憶の追体験
  • 杏奈は補助金の件で「愛されていない」と思い込んでいた。マーニーとの夏で、その思い込みがほどける
  • 一言でいえば「愛されていたことを思い出す話」。正体を知ってからもう一度観ると、別の映画に見える

参考

  • 思い出のマーニー 作品紹介 — https://www.ghibli.jp/works/marnie/
  • 『思い出のマーニー』米林宏昌監督インタビュー(Movie Collection・2015年) — https://www.moviecollection.jp/interview/26057/
  • 思い出のマーニー — Wikipedia — https://ja.wikipedia.org/wiki/思い出のマーニー
  • 思い出のマーニーが何回みても意味がわかりません(Yahoo!知恵袋・2024年) — https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11303151181

コメント

タイトルとURLをコピーしました