マルクルの「待たれよ」はどういう意味?老人の姿で客を迎える理由

『ハウルの動く城』でマルクルが言う「待たれよ」は、動く城の扉を叩いた客を、老人の姿で迎えるときの言葉です。序盤、港町とキングズベリーの扉が開くたびに、マルクルはこの一言で客を止め、師匠の代わりに用件を聞きます。

幼い男の子が、急に白いひげの老人になって古めかしい言葉を話す。観た人の記憶に残るのはこの落差でしょう。ただ、なぜ老人なのか、映画ははっきり説明しません。

この記事では、「待たれよ」がどの場面の言葉か、どういう意味か、港町と王都で師匠の名前が違うのはなぜか、なぜマルクルは老人に化けるのかを順に整理します。あわせて、原作の小説に出てくる弟子マイケルとの違いも見ます。

「待たれよ」はどの場面のセリフか

ソフィーが城に入り込んだ翌朝、ハウルが帰ってくる前の序盤です。

動く城の扉には、行き先を切り替える取っ手があります。客が扉を叩くたび、暖炉のカルシファーが「港町!」のように、どこの扉が叩かれたかを告げます。マルクルはフード付きのマントをかぶって老人の姿になり、扉を開けて「待たれよ」と客を迎えます。

ひとつの扉がいくつもの町につながっていることを、観る人が初めて知るのもこの場面です。客が来るたびに行き先が変わるので、マルクルの応対を追うだけで、城の仕組みが自然に分かるように作られています。

港町の扉に来た客

港町の扉には、町の人が次々に訪ねてきます。町長は「ジェンキンス殿」を訪ねて、国王からの呼び出しの手紙を届けに来ました。マルクルは師匠は留守だと答えて、代わりに受け取ります。小さな女の子が船のための風の魔法を頼みに来ると、粉を渡して帰します。

キングズベリーの扉に来た客

キングズベリーは王宮のある都です。こちらの扉には王宮の使いが来て、魔法使いペンドラゴンの家かと尋ね、王宮へ来るようにという手紙を置いて帰りました。港町とは、師匠の呼ばれ方が違います。

「待たれよ」とはどういう意味か

今の言葉にすると「お待ちください」「少々お待ちを」くらいの意味です。「待つ」に、相手を立てる古い言葉の「る」が付いた形で、時代劇の武士や年寄りが使う言い回しにあたります。

老人の姿のとき、マルクルは「〜じゃ」「〜でござる」のような昔の偉い人の語尾で話します。王宮の使いには「如何にも」と答え、「ご苦労様でござる」と送り出しました。どれも、子どもがふだん使う言葉ではありません。子どもの姿に戻ると、ソフィーには普通の男の子の言葉で話します。

城に来る客には、町長や王宮の使いのように身分のある大人もいます。そういう相手の前では、子どもの話し方のままでは格好がつきません。古めかしい言葉は、見た目と合わせて「年を取った魔法使い」らしく見せる道具として働いています。

つまり「待たれよ」は、マルクル本人の口癖ではありません。老人の役を演じるときの決まり文句です。声と見た目は子どもっぽさが残っていて、言葉だけが大人びている。そのちぐはぐさが、かわいらしさとして受け取られてきました。

港町とキングズベリーで名前が違うのはなぜか

ハウルが、いくつもの名前を使い分けているからです。港町では「魔法使いジェンキンス」、王都キングズベリーでは「魔法使いペンドラゴン」。町ごとに別の魔法使いとして通っています。

映画では、国王がハウルを戦争に協力させようとしていることが描かれます。国王は、ジェンキンスとペンドラゴンの両方に呼び出しの手紙を送っています。どちらの名前の魔法使いも、戦争に使える力として見られているわけです。ハウルが素顔と本名を伏せているのは、戦争に巻き込まれるのを避けるためだと読めます。

原作の小説でも、この使い分けは同じです。港町ポートヘイブンと王都で、それぞれ別の名前で知られています。本名はハウエル・ジェンキンスです。

マルクルが扉ごとに違う名前で応じるのも、師匠の使い分けに合わせたものと読めます。弟子が扉の前で名前をきちんと切り替えるので、観る側は序盤のうちに、ハウルが秘密の多い魔法使いだと知ることになります。

ハウルの戦争やサリマンとの関係がよく分からなかった人は、ハウルが意味わからないのはなぜ?結局どういう話かを順に整理で順に追っています。

なぜマルクルは老人に化けるのか

映画の中で理由は語られません。

描かれている事実から言えるのは、次の2つです。ひとつは、客の用件がどれも「魔法使いへの依頼」や「国からの呼び出し」だということ。もうひとつは、どの客が来たときもハウルは城にいなかったので、弟子が応対していることです。

ここから、僕は老人の姿を「子どもが留守番をしていると悟られないための看板」と読んでいます。町長や王宮の使いが相手なら、幼い弟子が一人で応対するより、年を取った魔法使いが出てきたほうが話は早く済みます。依頼人に足元を見られず、師匠の居場所も探られにくい。名前を使い分けて身を隠すハウルと、同じ発想です。

ソフィーに変装はやめたほうがいいと言われると、マルクルは「変装じゃありません、魔法です!」と言い返します。弟子として任された仕事の一部として、この姿を使っていると読めます。

ただし、これはあくまで作中の描写からの読み方です。単に子どもが大人の真似をする楽しさを見せた場面、と受け取る人もいます。どちらの読み方も、映画の中では否定されていません。

マルクルは何歳で、原作ではどんな人物か

映画のマルクルは、見た目が8〜10歳くらいの男の子とされます。声を演じたのは神木隆之介で、公開当時11歳でした。演じた本人も、役とほぼ同じ年ごろの子どもだったわけです。英語版の吹き替えはジョシュ・ハッチャーソンが担当しています。

原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説『魔法使いハウルと火の悪魔』(1986年)です。日本語版は西村醇子訳で徳間書店から出ています。ここでハウルの弟子にあたるのは、マイケル・フィッシャーという15歳の少年です。

比べる点映画のマルクル原作のマイケル
年齢8〜10歳くらいの見た目15歳
名前マルクルマイケル・フィッシャー
恋の話なしソフィーの末の妹マーサと恋仲

マーサとの恋は、原作では話の筋にも絡みます。映画ではそれが描かれず、弟子は幼い男の子になりました。

映画のマルクルは、ソフィーやハウルと並んで城で暮らす「家族」の一人として描かれています。小さな子どもなので、ソフィーが面倒を見る相手にもなっています。

まとめ

  • 「待たれよ」は、序盤に港町とキングズベリーの扉に客が来たとき、老人の姿のマルクルが言う言葉です
  • 意味は「お待ちください」。老人の役を演じるときの古い言い回しで、マルクル本人の口癖ではありません
  • 老人に化ける理由は作中で語られません。僕は、子どもの留守番と悟られず、師匠の居場所も守るための姿だと読んでいます
  • ハウルは港町で「ジェンキンス」、王都で「ペンドラゴン」と名乗り分けていて、マルクルは扉ごとにその名で応じます
  • 原作の弟子はマイケルという15歳の少年で、ソフィーの妹マーサと恋をします

愛知のジブリパークの「魔女の谷」には、ハウルの城が建っています。チケットの種類はジブリパークのチケット7種類の違いにまとめました。

参考

  • ハウルの動く城 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/howl/
  • 魔法使いハウルと火の悪魔(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作、西村醇子訳、徳間書店・1997年) — https://www.tokuma.jp/book/b503087.html
  • ハウルの動く城 — Wikipedia(マルクルの設定、ハウルの偽名) — https://ja.wikipedia.org/wiki/ハウルの動く城

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