ジコ坊は、「師匠連」という組織の一員です。天朝の書き付けを掲げてシシ神の首を狙い、唐傘連や石火矢衆といった人手を動かす立場にいました。僧侶の身なりをしていますが、やっていることは人集めと段取りです。
厄介なのは、この男がどこにも分類できないところです。エボシのように守りたいものがあるわけでも、アシタカのように筋を通したいわけでもありません。仕事だから首を取りに来た人です。
この記事では、師匠連とは何なのか、なぜシシ神の首だったのか、アシタカを助けた理由、そして最後の「バカには勝てん」が何を言っていたのかを、作中の描写から順に整理します。
ジコ坊は何者なのか
紅白の装束に赤い頭巾をかぶった、小柄な中年の男です。声を演じたのは小林薫でした。
肩書きをひとつ挙げるなら、師匠連の一員。ただし作中では隠密のように動き、自分から素性を明かしません。アシタカに対しても、しばらくは「ただの物知りな坊さん」として振る舞います。
天朝(当時の朝廷)の書き付けを見せて人を動かし、シシ神の首を取るための人手を集めました。
力を抜いた態度を崩さず、戦いには自分から出ていきません。それでいて一本歯の高下駄で身軽に動き、武術も使えます。古い書物にも通じていて、シシ神やタタリ神についてはアシタカよりずっと詳しいのが特徴です。
つまり、力ずくで押してくる敵ではなく、世界の成り立ちを知っている側の人間です。
師匠連の正体は何なのか
作中で正体は説明されません。
分かるのは、天朝とつながっている集団だということです。ジコ坊は「天朝様の書き付け」を掲げて人を集め、シシ神殺しの許可もそこから得ています。個人の思いつきではなく、上からの命令で動いていました。
ジコ坊自身も、身分の高い人たちの考えは自分には分からない、という趣旨のことを言います。組織の末端ではないけれど、頂点でもない。命令を受けて現場を回す位置にいる男です。
僧侶の身なりをした男が、朝廷の書き付けを掲げて神殺しを進めます。この組み合わせが不気味なのは、宗教なのか政治なのかが最後まで分けられないからでしょう。
作品は、師匠連の目的をそれ以上明かしません。分からないまま話が終わることが、この組織の怖さになっています。
姿を見せない誰かが決めて、名前のある人間が現場で手を汚す。エボシが自分の村を背負って選んだのに対し、ジコ坊の後ろには顔がありません。
なぜシシ神の首を狙ったのか
不老不死の力があるとされていたからです。
シシ神は、夜になるとデイダラボッチとなって山を歩き、命を与えもすれば奪いもする神でした。その首を手に入れれば死ななくなる。そう信じられていたことが、勅命の背景にあります。ただし天朝が何のためにそれを欲したのかは、作中で語られません。
ジコ坊自身が不老不死を望んでいたのかは、はっきり描かれません。彼は首を運ぶ役であって、使う人ではありません。
この構図は、エボシとの違いをはっきりさせます。エボシは、森を切り開いて自分の村の人たちを食わせるために神を殺そうとしました。ジコ坊は、会ったこともない誰かのために神を殺しに来ています。
エボシが何を守ろうとしていたのかはもののけ姫のラストの意味|シシ神はなぜ死ぬ?痣と結末を解説でも触れました。
ジコ坊はどれだけの人を動かしていたのか
ひとりで動いているように見えて、実際は複数の集団を束ねています。
| 集団 | 役割 |
|---|---|
| 唐傘連 | 赤い羽織と頭巾の一団。大きな唐傘を持ち、シシ神狩りの実働にあたる |
| 石火矢衆 | 40人の傭兵。シシ神殺しを条件にエボシへ貸し出された |
| ジバシリ | 山に詳しい狩人の一団。獣の皮をかぶって山を追う |
石火矢衆の貸し出しが、この人の手口をよく表しています。エボシが欲しがっていたのは石火矢の腕を持つ人手で、ジコ坊が欲しかったのはシシ神の首。両方を一度に満たす取引にしたわけです。
自分は前に出ず、人と人を組み合わせて動かします。乙事主の群れとの戦いでも、ジコ坊は現場でジバシリたちに指示を出す側にいました。
猪神たちの死も、そこで生まれる犠牲も、彼にとっては首を取るまでの段取りの一部です。味方であるはずのタタラ場の男衆さえ、捨て駒として使いました。誰がどれだけ死ぬかを勘定に入れて人を配る役を、この男が担っています。
なぜアシタカを助けたのか
序盤、野武士の小競り合いに巻き込まれた場面でアシタカに命を救われたからです。
ジコ坊はその恩を覚えていて、雑炊を分け、西の地にシシ神の森があると教えます。呪いを解く手がかりを最初に渡したのが、のちに神殺しを進める男でした。
この親切が嘘ではないところが、この人物を分かりにくくしています。ジコ坊はそのあともアシタカを気にかけ続けました。エボシにアシタカのことを尋ね、石火矢衆が彼に発砲したときには制止します。
同時に、シシ神殺しのためにエボシを利用することは最後まで進めました。恩義と打算が同じ人間の中にあって、どちらかが嘘というわけでもありません。
僕は、ここがジコ坊という人物のいちばん現実的なところだと思っています。悪意で動いていないのに、結果として山をひとつ壊しました。
「バカには勝てん」はどういう意味か
追い詰められてシシ神の首をアシタカに返し、森が芽吹いたあとの場面です。ジコ坊は残った部下と並んで、笑いながらこう言います。
いやあ、まいった、まいった。バカには勝てん
負け惜しみのようでいて、悔しがってはいません。この人は最後まで態度を変えませんでした。
ここでの「バカ」は、アシタカとサンのことでしょう。損得を考えず、首を返すためだけに走った二人に、段取りで生きてきた男が負けました。その事実を、ジコ坊は笑って受け入れます。
勝った側でも死んだ側でもなく、神殺しを進めた男の一言で映画が終わります。作品はジコ坊を退場させも罰しもしませんでした。
ジコ坊は悪役なのか
スタジオジブリの公式アカウントが2021年8月13日に行ったQ&Aの企画では、ジコ坊は「単純な色分けが出来ない、独特なキャラクター」と説明されました。作り手の側も、善悪のどちらかに置いていません。
作中でも、彼を罰する結末は用意されていません。シシ神の首を返し、森が戻り、それでジコ坊は生きて帰ります。反省もしません。
自分の意志ではなく命令で動き、途中で人を助け、目的のためには神も殺す。悪人だから森を壊したのではなく、仕事として壊しに来た人でした。
アシタカに向けられた「生きろ」という言葉との対比で読むと、この人物の輪郭がはっきりします。詳しくはもののけ姫「生きろ」の意味は?糸井重里のコピーとアシタカのセリフにまとめました。
まとめ
- ジコ坊は師匠連という組織の一員で、天朝の書き付けを掲げてシシ神の首を狙いました
- 師匠連の正体は作中で説明されません。ジコ坊自身も、上の人たちの考えは分からないと言います
- 首が狙われたのは、不老不死の力があるとされていたからです
- 唐傘連・石火矢衆・ジバシリを束ね、石火矢衆をエボシに貸すことで神殺しの手を増やしました
- 最後のセリフ「バカには勝てん」は、損得抜きで走った二人への負けを認める言葉です
もののけの里を含むジブリパークの券種の違いはジブリパークのチケット7種類の違い|プレミアムは必要?で整理しています。
参考
- もののけ姫 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/mononoke/
- もののけ姫 — Wikipedia(ジコ坊の設定、師匠連、唐傘連・石火矢衆・ジバシリ、最後のセリフ) — https://ja.wikipedia.org/wiki/もののけ姫
- 『もののけ姫』を宮崎駿監督が解説!(ジブリのせかい。スタジオジブリ公式Q&A 2021年8月13日のまとめ) — https://ghibli.jpn.org/report/qa-mononoke/
- 『もののけ姫』ジコ坊の解説・情報まとめ(アニメイトタイムズ) — https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1760593513

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