『耳をすませば』の舞台のモデルが東京都多摩市の聖蹟桜ヶ丘というのは、正しい話です。多摩市自身が公式サイトでそう説明しています。ただし、雫が迷い込むあの地球屋には、元になった建物がありません。
街は実在するのに、物語の中心にある店は作り物。この二つが混ざっているせいで、「どこまで本当なのか」がわかりにくくなっています。
この記事では、公式が認めている部分と、実在の風景が元になっている場所を分けて整理します。完全に描き起こされた建物がどれかも示します。
舞台のモデルは本当に聖蹟桜ヶ丘なのか
多摩市は観光のページで、こう書いています。
映画『耳をすませば』に登場する背景は、多摩市の聖蹟桜ヶ丘駅周辺を大いに参考に描かれました。
噂ではなく、自治体が公式に認めている話です。
制作側の証言も残っています。プロデューサーの鈴木敏夫は、物語の舞台が京王線の聖蹟桜ヶ丘駅の周辺をモデルにしていると語りました(『宮崎駿イメージボード全集 6』)。劇中の電車も、京王線の車両に似た形をしています。
多摩市の案内によると、聖蹟桜ヶ丘駅の西口には「青春のポスト」というモニュメントが置かれ、その横に散策マップの掲示板が立っています(2026年9月時点)。企画したのは、せいせき観光まちづくり会議。市の観光ページにも駅前の案内にも、この映画が出てきます。
注意したいのは、多摩市の文言が「参考に描かれました」であって、「そのまま描かれました」ではない点です。この一語の差が、あとで効いてきます。
劇中の駅名や学校名は実在するのか
映画に出てくる駅名や学校名は、実在の名前ではありません。街並みは聖蹟桜ヶ丘なのに、名前だけが別のものに置き換えられています。
| 劇中の名前 | 元になった実在のもの |
|---|---|
| 杉の宮駅 | 聖蹟桜ヶ丘駅(京王線) |
| 向原駅 | 百草園駅(京王線) |
| 向原中学校 | 小金井市立小金井第一中学校 |
| 雫の住む団地 | 多摩市愛宕2丁目の都営住宅 |
中学校のモデルは、映画のエンディングのテロップに名前が出ています。制作側が隠していたわけではありません。
ここで面白いのが、原作漫画の「緑町立向原中学校」という校名です。モデルになった小金井第一中学校がある小金井市には、実際に緑町という地名があります。原作は映画化を前提に描かれたものではないので、偶然の一致とみられます。
映画の街は、現実の多摩市とそっくり同じ町ではありません。そう思って見ると、次の話が飲み込みやすくなります。
地球屋にモデルの建物はあるのか
雫がムーンを追いかけてたどり着く、坂の上のアンティークの店。あの地球屋には、元になった建物が存在しません。
美術監督の黒田聡が、公開当時のインタビューで「地球屋のモデルは存在しない」とはっきり答えています(『COMIC BOX』1995年9月号)。背景を描いた責任者本人の言葉なので、根拠としては最も強いものです。
にもかかわらず、地球屋のモデルとして実在の喫茶店の名前が挙がることがあります。ただ、この説は美術監督本人の説明と食い違います。似た雰囲気の店が近くにあったことと、その店を見て描いたことは別の話です。
僕は、この誤解が生まれるのは自然なことだと思っています。街のほとんどが実在するのだから、店だけ実在しないとは考えにくいでしょう。ロータリーも坂も本当にあります。その延長で「あの店もどこかにあるはずだ」と探してしまうのは無理もありません。だから今も、モデルの候補として実在の店の名前が挙がり続けています。
現実に地球屋が建ったのは、聖蹟桜ヶ丘ではなく愛知県でした。ジブリパークの「青春の丘」に、地球屋とロータリー広場が作られています。2階にはからくり時計や人形が並び、1階には聖司がバイオリン作りを学んだ工房があります。すぐ隣には『猫の恩返し』の猫の事務所。バロンとムタが両方の作品に出てくる理由は猫の恩返しのムタとバロンの正体は?耳をすませばとつながる呼び名にまとめました。
坂の上の図書館は実在するのか
雫が通いつめる図書館も、映画の中だけの建物です。同じ場所にあるのは小さな公園で、あの建物はありません。
図書館については、劇中に不思議なところがあります。雫は「市立図書館」と呼んでいるのに、貸出カードには「県立」と印刷されています。
種を明かすと、これは原作の名残です。柊あおいの原作漫画は東京ではなく「某県」が舞台で、貸出カードも当然「県立」でした。映画では舞台を東京に移したのに、カードの文字だけ直し忘れたわけです。作画のミスとして知られています。
聖司が雫より先に本を借りていたことに雫が気づく、あの図書カードの場面。物語の出発点にあたる小道具に、原作の舞台の痕跡が残っています。細かい話ですが、映画がどこを作り替え、どこを引き継いだかがよく見える一点です。
実在の風景が元になっているのはどこか
はっきりしているのは、雫が日々を過ごす場所のほうです。先の表に挙げた駅・団地・中学校に加えて、もう一つ大きいのがロータリー。
雫がムーンを追ううちにたどり着く、車が一周する円形の道です。京王桜ヶ丘住宅地の近くに、同じ形の交差点が実際にあります。ロータリーから駅までの街並みは、映画に何度も出てきます。雫が坂を上り下りする場面も、この一帯の地形が下敷きです。
一帯には住宅地の中の道や私有地が多く、立ち入れない場所もあります。
実在と創作はなぜ混ざっているのか
実在の街に寄せた背景は、観る人に説明抜きで受け入れられます。そこが大きいと僕は思っています。坂の角度も、団地の窓の並びも、電車の色も、どこかで見た覚えがあるはずです。だから雫が暮らす東京の郊外は、絵空事に見えません。
けれど、実在の街には地球屋がありません。バイオリンの工房を地下に持ち、猫の男爵人形が窓辺に座り、中学生が物語を書き始めるきっかけになる店。そんな店は、現実の街を探しても見つかりません。だから描き起こすしかなかったのだと思います。
図書館も同じです。中学生が毎日のように通えて、坂を上りきった先にあり、父親が司書として働いていて、聖司の名前が並んだ貸出カードが眠っている。条件をこれだけ重ねた建物は、現実から探すより描いたほうが早いはずです。
『耳をすませば』の背景は「実在の街を写した記録」ではなく、実在の街を土台にして必要な建物だけを足した舞台装置です。ここを取り違えなければ、モデル地の話は矛盾なく整理できます。街は本物、店は作り物。それで筋が通っています。
まとめ
- 舞台のモデルが聖蹟桜ヶ丘というのは正しい。多摩市が公式に「大いに参考に描かれました」と説明している
- ただし劇中の駅名や学校名は架空。聖蹟桜ヶ丘駅は「杉の宮駅」、百草園駅は「向原駅」に置き換えられている
- 地球屋にモデルの建物はない。美術監督の黒田聡が公開当時のインタビューで明言している
- 坂の上の図書館も実在しない。貸出カードの「県立」表記は、舞台が「某県」だった原作の名残
- 実在が元になっているのはロータリー・駅前・団地・中学校。物語が大きく動く建物のほうが描き起こされている
4Kデジタルリマスター版は、2026年10月23日から11月2日まで全国のIMAX劇場で上映されます。10月30日からは47都道府県に広がる予定です(2026年8月17日発表。2026年9月時点の情報)。上映期間や劇場の違いは耳をすませば・借りぐらしのアリエッティのIMAXはいつまで?どこで?で整理しています。
参考
- 映画「耳をすませば」は聖蹟桜ヶ丘駅周辺を大いに参考に描かれました — 多摩市公式ホームページ — https://www.city.tama.lg.jp/kanko/1015690/1016157.html
- 特集 耳をすませば「スタッフ・インタビュー 美術 黒田聡」『COMIC BOX』1995年9月号(ふゅーじょんぷろだくと、pp.38-42)
- 宮崎駿イメージボード全集 6 耳をすませば On Your Mark(岩波書店、2026年、鈴木敏夫インタビュー)
- 青春の丘 — ジブリパーク公式 — https://ghibli-park.jp/about/seishunnooka.html
- 耳をすませば(街並みのモチーフ・スタッフ) — Wikipedia — https://ja.wikipedia.org/wiki/耳をすませば

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