トトロのモデルの場所はどこ?所沢と狭山丘陵が語られる理由

『となりのトトロ』には、「ここが舞台です」と公式に特定された1か所がありません。それでも埼玉県所沢市を含む狭山丘陵がモデル地として語られるのには、はっきりした理由があります。この丘陵を守る運動に、宮崎駿監督が「トトロ」の名前を使うことを認めているからです。

この記事では、狭山丘陵と作品の結びつき、作中の地名に元がある場所、そして「トトロ」という名前がどこから来たのかを、順に整理します。

舞台は所沢なのか

公式に「所沢が舞台」と決められてはいません。それでも所沢の名前が出てくるのには、2つの根拠があります。

1つは、狭山丘陵を守る運動との結びつきです。狭山丘陵は東京都と埼玉県にまたがる里山で、所沢市はその一角にあります。開発から丘陵を守ろうとした市民の運動は、宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサーから「トトロ」の名前とイラストを使う承諾を得ました。1990年に発足した「トトロのふるさと基金委員会」には、宮崎監督が呼びかけ人の一人として名を連ねています。いまの公益財団法人トトロのふるさと基金です。

もう1つが、「トトロ」という名前そのものです。由来は後ろの見出しで扱いますが、所沢という地名が入っています。

基金は1991年8月に「トトロの森1号地」を取得し、以来、寄付を集めて土地を買い取り続けています。取得地は狭山丘陵に点在していて、2026年6月現在で67か所。ひとつの大きな森があるのではなく、買い取られた雑木林が飛び飛びに並んでいる形です。

公式サイトには、狭山丘陵に「トトロのふるさとの景色が残されています」と書かれています。基金自身は、作品のモデルだと断言してはいません。それでも、名前を使うことを認めた側が「ふるさとの景色」と呼んでいます。ここが、風景が似ているという話とは根拠の質が違う点です。

作中の地名に元になった場所はあるのか

はっきり対応が付けられるのは、七国山です。

サツキがメイを探して走る場面に出てくる七国山は、狭山丘陵には見当たらない地名です。元になったとされるのが、東京都東村山市と所沢市にまたがる八国山。数が1つ増えているだけの名前で、丘陵の東の端にあたります。

八国山という名は、かつてここから八つの国が見渡せたことに由来するとされています。高い山ではなく、歩いて登れる程度の丘。子どもが自転車で病院まで向かえるという映画の距離感は、この地形とよく合います。

終盤に出てくる七国山病院にも、元になったと言われる施設があります。八国山のふもとにあった結核の療養所「保生園」です。いまは名前を変え、新山手病院として続いていて、病院自身も『となりのトトロ』に出てくる病院のモデルになったと紹介しています。

実在の八国山から数を1つずらし、療養所を病院に置き換える。元にした場所はありますが、そのまま写してはいません。お母さんの病気をどう読むかは、トトロのお母さんの病気は何?映画は語らないが結核と読める3つの根拠にまとめました。

一方で、サツキとメイの家やバス停、トトロが住む塚森といった場所に、これがモデルだと公式に示されたものはありません。狭山丘陵のあちこちに似た風景があり、そのどれもが決め手にならない、という状態です。

草壁家が住む松郷は、所沢市に実在する地名です。実在の地名と架空の地名が混じっているので、地図をたどるだけでは物語の場所は決まりません。

僕は、モデルが1か所に定まらないのは作りかたの結果だと考えています。特定の家や道を写し取るのではなく、あの一帯にある里山の要素を組み直したのが、あの風景でしょう。

サツキとメイの家は実在するのか

映画の家そのものは実在しませんが、再現された建物があります。

愛知県のジブリパークにある「サツキとメイの家」です。2005年の愛知万博で建てられたものがそのまま残り、現在はジブリパークの一部になっています。昭和30年代の家として作られていて、映画に出てくる間取りや家具、調度品まで再現されています。

2026年9月時点では、「サツキとメイの家」に入れる券種を選び、日付を指定して予約する形です。どの券で何が見られるかは、ジブリパークのチケット7種類の違い|プレミアムは必要?で整理しました。

狭山丘陵のほうは、観光地として作られた場所ではありません。トトロの森は保全された土地で、基金は散策路以外に立ち入らないよう求めています。森の中に「トトロがいる場所」が用意されているわけではない、ということです。

ジブリパークは作品を見せるために作られた施設で、トトロの森は雑木林を残すために買い取られた土地。同じ作品から生まれていても、目的が違います。

「トトロ」という名前はどこから来たのか

由来は2つに分かれます。作品の外の話と、作品の中の話です。

作品の外での由来は、所沢です。金曜ロードショーの公式アカウントは、「トトロ」の名前は「所沢にいるとなりのオバケ」が短くなったものだと紹介しています。所沢という地名がそのまま、あの3文字の中に残っている形です。

作品の中での由来は、メイの言葉です。大きな生きものに出会ったメイは、トトロがいたと家族に伝えます。サツキが絵本のトロルのことかと尋ねても、メイは「トトロってちゃんと言ったもん」と譲りません。サツキもお父さんも、それを疑わずに受け止めます。

本人が名乗ったのか、メイがそう聞き取ったのか。作品はそこを決めていません。

この2つは矛盾しません。所沢の名前から作られた呼び名を、作品の中では4歳の子の口から出させました。名前の出どころをどちらにも決めないことで、この生きものは説明されないまま残ります。

お父さんが塚森の大きなクスノキに向かって礼を言う場面も、同じ扱いです。あの生きものが何なのかを誰も定義せず、この土地に昔からいるものとして受け止めています。

都市伝説で語られる場所はモデルなのか

狭山丘陵の名前は、別の文脈でも出てきます。1963年に埼玉県狭山市で起きた事件を元にしている、という説です。

この説について、スタジオジブリは肯定も否定もしていません。作中に事件を指す描写もなく、時代設定と事件の年もずれています。経緯はトトロの都市伝説は本当?サツキとメイ死亡説を公式と描写で検証で検証しました。

モデル地の話と都市伝説は、地名が近いだけで別のものです。片方は名前を貸した運動に裏づけがあり、もう片方には作品側の根拠がありません。

まとめ

  • 『となりのトトロ』に「ここが舞台」と特定された1か所はない。作中の地名には、架空のものと実在のものが混じっている
  • 狭山丘陵(所沢市を含む)は、宮崎駿監督が呼びかけ人に名を連ねる「トトロのふるさと基金」が守っている。基金は狭山丘陵を「トトロのふるさとの景色」と呼ぶ
  • 七国山は東村山市と所沢市にまたがる八国山が元とされる。七国山病院は、ふもとにあった結核療養所「保生園」(現在の新山手病院)が元と言われている
  • 「トトロ」の名前は「所沢にいるとなりのオバケ」が短くなったもの。作中ではメイが口にした呼び名として出てきて、名乗ったのか聞き取ったのかは決められていない
  • サツキとメイの家は、愛知県のジブリパークに再現されたものがある

参考

  • トトロのふるさと基金の活動・沿革(公益財団法人トトロのふるさと基金) — https://www.totoro.or.jp/activity/
  • サツキとメイの家(愛・地球博公式) — http://www.expo2005.or.jp/jp/C0/C3/C3.9/C3.9.4/C3.9.4.101/
  • アンク@金曜ロードショー公式(@kinro_ntv)の投稿 — https://x.com/kinro_ntv/status/1030437604418834432
  • 新山手病院 理念・沿革(保生園から新山手病院へ。『となりのトトロ』に登場する病院のモデルにもなったと記載) — https://shinyamanote.jp/about/philosophy/

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