釜爺の正体は何者?怒鳴るのに優しいと言われる理由を描写から読む

釜爺が人間なのか、妖怪なのか、神なのか。その答えは作中でも公式設定でも明かされません。はっきりしているのは立場のほうで、油屋の地下でボイラーを焚き、薬湯の生薬を調合する役目を任されています。

本人の名乗り方も、正体を明かすものではありません。釜爺と名乗り、風呂釜にこき使われている老いぼれだと付け足すだけ。何者かではなく、何をしている者かを答えています。

ただ、正体を推し量る材料は作中にそろっています。6本に伸びる手、40年前の電車の切符、千尋を孫だと偽ってかばった嘘。この記事では、その一つひとつが釜爺について何を語っているのかを順に見ます。

釜爺は何者なのか

油屋の釜焚きです。それ以上の身分は、映画の中で説明されません。

湯婆婆の油屋は、八百万の神々が体を休めに来る風呂屋です。その湯をすべて沸かしているのが、地下のボイラー室にいる釜爺。湯を沸かすだけでなく、薬湯に使う生薬を配合する役目も担っています。ボイラー技士と漢方医を兼ねた立場です。

湯屋の従業員は、湯婆婆に名前を取られて働いています。千尋が「千」にされたのがその場面です。ところが釜爺は、最初から釜爺と名乗り、誰も別の名前で呼びません。従業員が着る揃いの着物も着ておらず、私服のまま働いています。

名前も服も、湯婆婆の支配の外にあります。僕は、雇われた従業員というより、油屋に元からいて釜を任されている側に近いと読んでいます。湯婆婆と言葉を交わす場面も出てきません。

手は何本あるのか

6本です。しかも自在に伸び縮みします。

釜爺の仕事場には、壁一面に生薬の入った引き出しが並んでいます。上のほうにある引き出しまで、6本の腕が伸びて開け、中身をすくって釜に投げ入れる。座ったまま部屋中に手が届くわけです。

この姿から、蜘蛛のようだと言われます。土蜘蛛やザトウムシの名が挙がることもありますが、どれも観る側の見立てです。「蜘蛛の妖怪」と言い切ると、作品が言っていないことを足すことになります。

この体は正体の手がかりというより、仕事の形でしょう。あの部屋で一人で釜を回すには、腕は2本では足りません。釜爺の姿は、そこで何をしてきたかの結果として描かれています。

人間だったことがあるのか

決め手になるのが、千尋に渡した電車の切符です。

ハクを助けるために銭婆のところへ行きたいと言った千尋に、釜爺は古い切符を出します。そのときのセリフが「四十年前の使い残りじゃ」。40年前の切符を、使わないまま手元に置いていたことになります。

そこから見えてくることが2つあります。ひとつは、釜爺と湯屋の付き合いが40年前までさかのぼるらしいこと。もうひとつは、どこかへ行く手立てを持ちながら、結局その切符を使わなかったということです。

人間だったのではないか、という読み方が出てくるのはここからでしょう。行き先を持っていたのに留まり続けた者、という像が浮かびます。

ただ、釜爺が人間だったと作中で語られる場面はありません。過去を説明するセリフもありません。確かなのは、使われないまま40年たった切符が、あの部屋にあったということだけです。

銭婆との関係も説明されません。それでも釜爺は、どの駅で降りればいいかまで知っていて、千尋に道順を教えます。行ったことがあるのか、聞いて知っているだけなのか。そこも空白のままです。

その切符を、40年後に人間の子どもに渡す。釜爺の行動としては、これがいちばん雄弁だと思います。

怒鳴るのになぜ優しいと言われるのか

いちばん有名な嘘が、「わしの孫だ」です。

湯屋で働かせてほしいと頼み込む千尋を、釜爺は最初そっけなく断ります。ところが従業員のリンが来て、人間がいると騒ぎ出したとき、釜爺は「わしの……孫だ」と答える。人間だと知れれば、千尋がそのまま働けるとは思えません。とっさについた嘘です。

その前の場面も効いています。ススワタリが運んでいた石炭を千尋が代わりに運び入れたとき、釜爺は手を出すなら終いまでやれ、と怒鳴ります。冷たい言葉に聞こえますが、中途半端に手を出せば、石炭を運ぶススワタリの仕事が崩れてしまう。仕事の筋を通せ、という叱り方に読めます。

終盤にも同じ姿勢が出ます。ハクを助けに行くと決めた千尋を見て、釜爺はリンに「わからんか。愛だ、愛」と言い、行かせてやる側に回ります。止める理由を探さず、理由が分かればすぐ動きます。

釜爺が千尋に甘いわけではありません。働くと言うなら働かせ、行くと言うなら送り出す。相手が人間か神かで態度を変えないところが、この人物のいちばんの特徴です。

優しいと言われるのは、そこだと思います。

慰めの言葉はひとつも出てきません。名前を奪う湯婆婆、はじめは人間を警戒するリン。湯屋の都合で態度が変わる者ばかりの中で、釜爺だけが最初から最後まで同じ基準で千尋を扱います。怒鳴られた相手が、あとから振り返ると一番守ってくれていた。そういう形の優しさです。

湯屋には、千尋に近づいたもう一人の存在がいます。カオナシがなぜ千尋にこだわったのかは、カオナシの正体は何者?千を欲しがった理由を宮崎駿の言葉から考えるで整理しました。

ボイラー室にモデルはあるのか

壁一面の引き出しには、元になった建物があると案内されています。

東京都小金井市の江戸東京たてもの園に、神田須田町にあった文具店「武居三省堂」が移築保存されています。壁を埋め尽くす小さな引き出しが、釜爺の仕事場にそっくりだと紹介されている建物です。

同じ園には銭湯「子宝湯」も移築されています。スタジオジブリは公式サイトのジブリ日誌(2003年1月9日)で、この建物が油屋の設定に「大いにインスピレーションを与えた」と書いています。園があるのは、スタジオジブリと同じ小金井市内です。

一方で、油屋そのものに「ここがモデル」と決まった1か所はありません。台湾の九份をモデルとする話が広く流れていますが、鈴木敏夫プロデューサーは2023年に台湾メディアの取材で、宮﨑監督も自分も九份へ行ったことはないと述べています。経緯は千と千尋の神隠しのモデルは本当に九份?公式の否定と参考にした場所にまとめました。

声を当てたのは誰か

俳優の菅原文太です。スタジオジブリの作品紹介にも、声の出演として名前が載っています。

『仁義なき戦い』や『トラック野郎』で知られる俳優で、専業の声優ではありません。低く、乾いて、感情を張り上げない声。あの声があるから、釜爺の「愛だ、愛」が説教くさくならずに済んでいます。

ジブリが俳優を起用する理由そのものについては、ジブリはなぜ声優を使わない?宮崎駿と高畑勲が求めた「存在感」で扱っています。

まとめ

  • 釜爺が人間か妖怪か神かは、作中で説明されない。分かるのは油屋のボイラーと薬湯を任された立場だけ
  • 腕は6本で、自在に伸びる。蜘蛛の妖怪だという見立ては観る側のもので、作中に裏づけはない
  • 千尋に渡した切符は「四十年前の使い残り」。40年前の切符を、使わないまま手元に置いていた
  • リンに「わしの孫だ」と嘘をついて千尋をかばい、ハクを助けに行くと決めた千尋は止めずに送り出す
  • 仕事場の壁一面の引き出しは、江戸東京たてもの園の文具店「武居三省堂」が元になったと案内されている

あの声とボイラー室の音をもう一度確かめたい人は、ジブリは今映画館でやってる?次の上映は10月23日からで今後の上映予定を確かめてください。

参考

  • ジブリ日誌 2003年1月9日(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/storage/diary/000060/
  • 千と千尋の神隠し 作品紹介(スタジオジブリ) — https://www.ghibli.jp/works/chihiro/
  • 「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルは台湾・九份?スタジオジブリの鈴木敏夫氏が否定(Record China・2023年9月20日) — https://www.recordchina.co.jp/b920822-s25-c30-d0203.html
  • 千と千尋の神隠し — Wikipedia(釜爺の役割・6本の腕・切符・声の担当) — https://ja.wikipedia.org/wiki/千と千尋の神隠し
  • 江戸東京たてもの園 ジブリ『千と千尋』のモデルとなった建物も(Another TOKYO TAMA) — https://at-tama.tokyo/lang_jp/tourismtopics/edotokyotatemonoen/

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